牧野 日本植物圖鑑
梨楽庵


9月末で終了したNHK朝の連続テレビ小説『らんまん』は、今回もまた、キャストの演技力が抜群で、毎日ワクワクしながら視聴していました。牧野富太郎博士演じる神木さんとヒロイン役の浜辺さんの夫婦愛が温かく描かれ、主題歌の冒頭の「言葉足らずの 愛を 愛をあなたへ」の歌詞が、ドラマで描かれる愛のあり方を方向づけていたように感じました。
牧野富太郎博士については、かすかに名前を聞いたことがあったようにも思いますが、ほとんど博士の人物や業績については無知に近い状態でした。今回、朝ドラで取り上げられたことで、人間という生き物が自分の大好きなことを見つけ、ひたすら追い求めた時には信じられないような力を発揮するものなんだと、改めて痛感しました。
ドラマでは、牧野博士の植物採集への驚異的な探究心と、採集した植物を後世に伝え残すために描き続けた超微細な植物画が、神木さんが演じる主人公の牧野博士と出会った人たちに強烈過ぎる印象を与えていました。実物以上に鮮やかな描写が可能なコピー機が発達した今の時代ならともかく、今から100年以上まえに手書きで描き出す才能は本当に信じられません。できることなら、実物をちらっとでもいいから見てみたいな、番組を見ながら、そんなことを考えていました。
ある日の夕食時、私と同じく朝ドラファンの妻が思いも寄らぬ話を切り出しました。「実家の兄から聞いたんだけど、亡くなった父が高校生の頃に祖母に頼んで牧野博士の植物図鑑を買ってもらったんだって。今も実家の本棚にあるそうよ。」「え!ええー!それって、本当のことなの。もし本当なら、義兄に頼んで借りてきてくれよ。頼む!」
妻の話は本当でした。『牧野 日本植物圖鑑』は、今から83年前の1940年(昭和15年)に東京の京橋にあった北隆館から出版されていて、手元にある圖鑑は驚くことに初版本でした。牧野博士は、序(まえがき)の中で、「國難非常ノ秋ニ際シ、小生特ニ此記念スベキ新著ノ本書ヲ完成シ、茲ニ初メテ其公刊ヲ見ルニ至リシハ至幸中ノ幸ト謂フベク」と喜びの言葉を述べておられます。
そして、本書の完成は牧野博士一人の業績ではなく、多くの関係者の支援と協力があって完成したものだということを、支援者全ての名前を上げて博士自身が謝意を述べられています。さらには、TV番組の最終場面で触れられていましたが、「本書ノ作圖ハ中ニ小生自身ニ描キシ者モアレド、其の大部分ハ畫工水島南平、山田壽雄兩君、並ニ木本幸之助君ノ絶エザル努力ニ負フ所多キヲ以テ、今之レニ對シ茲ニ其勞ヲ感謝セネバナラヌノデアル」と、3名の画工の名前を記して、序(まえがき)の最後を結んでいます。
義父は、最後のページに「昭和十七年一月三十一日購入」と名前と購入日を書き残しています。生前に一度も本書について私に語ることのなかった義父でしたが、「定價拾五圓」の本書が当時はどのくらいの価値があったのかわかりませんが、相当高価だったことは間違いありません。祖母に直訴してまで、なぜ手に入れたかったのか、植物に関心を抱くようになった経緯など、尋ねてみたいことがたくさんあるのですが、今はもう叶えることのできない願いとなってしまいました。
『牧野 日本植物圖鑑』を所蔵している人は数少ないと思います。鳥取県立図書館に問い合わせしたところ、牧野博士の書籍に関しては、いくつかあるものの、昭和十五年出版のものは置いてないそうです。義父が残した本書は学術的にも文化財的にも大変貴重な書籍だったのです。
*梨楽庵では、本書を読んでみたいお客様がいらっしゃった場合には、義兄に相談し、閲覧の許可が下りましたら、ご準備したいと思います。ただし、書籍の背表紙の傷みが進んでいますので、多数の方の申し出には応じかねることをご了解ください。
