二人の関取
梨楽庵



いよいよ今日から大相撲九州場所が始まります。大相撲の大ファンの私たち夫婦は、一つの場所が終わるやいなや次の場所が早く来ないかと待ち侘びているのです。前回の名古屋場所では、ケガが完治しないために鳥取県出身の石浦関と三重県出身の千代の国関など6名の力士の引退が発表されました。
小兵ながら鋭い立ち会いと多彩な技で土俵を動き回った石浦関には、いつもハラハラドキドキさせられながら応援していました。引退後は、宮城野部屋の部屋付の親方として後進の指導に力を注がれると報道されていました。指導者としての活躍に大いに期待しています。特に、肩を痛め手術をし、休場している鳥取県倉吉市出身の伯桜鵬関にとっては、故障し苦しんだ経験のある石浦関の言葉は、一言ひとことが励みとなることでしょう。
今から7年ほど前のことです。大きなケガから回復し、再び十両に復帰した千代の国関を取り上げたニュース番組をたまたま見ていました。それ以来、私は千代の国関に注目するようになりました。千代の国関は将来の活躍を期待された有望な力士で、21歳で幕内力士となりましたが、再三再四のケガにあい、3年の間に9回も休場を余儀なくされたそうです。
復帰してもしばらくすると体のあちこちを痛め、また休場。あるときは、本場所中の土俵でケガをして、立ち上がることができず、会場から車いすで運ばれた時もあったようです。そして、あっという間に、十両を落ち、幕下よりさらに下の3段目まで落ちてしまい、心も落ち込み、悩み苦しむ日々が続いたのです。
そんなある日のことです。心が下向きになりきった弟の姿を見るに見かねた元力士の兄から檄(げき)を飛ばされます。「一度は幕内力士になったおまえはすごいやつじゃないか。いつまで下を向いているのだ。まっすぐ前を見ろ。おまえにいい言葉を一個教えてやる。いいか、しっかりと聞け。“努力する者は希望を語り、怠けている者は不満を語る”おまえはやっているつもりでも何の努力もしていない。できていない。」と。
相撲が大好きでありながら、病気のために相撲界を去らざるを得なかった兄の言葉は、千代の国関に強い衝撃を与えたのです。千代の国関は、再出発を決意します。相撲の基本中の基本である「四股」(しこ)を毎日500回続け、下半身を鍛え抜きます。ケガに強い体づくりに必死で取り組んだのです。その結果、翌年の初場所では見事に十両に返り咲いたのです。
ニュース番組はわずか数分間でしたが、その内容にとても感動しました。特に「努力をする者は希望を語り、怠けている者は不満を語る。」という兄の言葉は、私の耳に響き渡りました。今流の言い方をすれば、兄の言葉が千代の国関の心に刺さったのです。
私も自分自身を振り返った時、千代の国関ほどの苦難は経験していませんが、確かに一つの目標を持ち、一生懸命に取り組んでいるときには、家族や友人知人に希望や夢を語っている自分がいました。一方で、壁にぶち当たり、思うように事が進まないときには、自分の努力不足を棚に上げ、愚痴や不満ばかりを吐き出していたように思い出されます。
まだまだ私の人生は続きます。願わくば、千代の国関のように毎日コツコツと努力を積み重ね、希望や夢を家族や友人たちに堂々と語れる人をめざしていきたいと改めて思います。33歳の千代の国関は、同い年の石浦関と同じく、九重部屋の部屋付親方として後進の指導にあたられるようです。お疲れ様でした、石浦関。そして、千代の国関。土俵で暴れ回る姿を見せていただき、ありがとうございました。
