農家民宿 梨楽庵ブログ

山陰海岸ジオパーク(長尾鼻・夏泊)

風景

   海に突き出た半島が長尾鼻(ながおばな)

  日本海の荒波に削られた断崖絶壁の海岸です

    大自然の迫力に圧倒されます

  地球が丸いことを感じ取ることができます

海の水が透き通っています。こんな色は初めて見ました

  伯耆富士大山を遠望することができます

   長尾鼻は釣り人の憧れの名所です

 長尾鼻灯台です。昔は灯台守が生活していました

夏泊海岸の溶岩地形は火山の大噴火が想像できます

 夏泊海岸は魚介類の宝庫です。岩ガキは絶品です

  山陰海岸ジオパークは3つの府県に広がっています

 山陰海岸ジオパークについては、すでに7月7日(日)のブログで紹介しましたが、さらに深掘りしてみます。山陰海岸ジオパークとは、鳥取県と兵庫県と京都府にまたがる山陰海岸国立公園とその周辺からなるジオパークです。山陰海岸ジオパークは平成22年にギリシャで開催されたユネスコの国際会議で認定されました。

 ジオパークとは、科学的に見て特別に重要で貴重な美しい地質遺産を含む自然公園のことです。ジオパークは自然遺産を保護するだけでなく、その地域で行われているガイドの育成や地域振興策などの継続的な活動も重視されていて、4年に1度の見直しがされています。

 ところが、山陰海岸ジオパークは2022年に開催されたユネスコの国際会議で、4年間ではなく2年間の条件付きでの再認定という審査結果を突き付けられたのです。新聞報道によると、昨年5月に公表されたユネスコの審査報告書では、兵庫県豊岡市にある玄武洞のミュージアムで鉱石などの地質資源が販売されていることや、階段を上らないと玄武洞ジオサイトにアクセスできないことなどが問題視されたようです。今年は再認定を判断する年なので、7月6日から10日までの5日間、ユネスコの審査員2名による3府県の現地調査が行われました。

 審査員は、玄武洞(兵庫県豊岡市)や山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館(鳥取県岩美町)、鳥取砂丘(鳥取市)などのジオサイトを視察し、最終日の10日に鳥取市役所で会見が開かれました。講評では「勧告事項のほとんどに対して大きな進捗(しんちょく)が見られた」と述べ、改善の取り組みに対して好評価が下されたようです。審査結果は、9月中旬ごろに公表される予定です。審査結果が気になりますが、再認定されることを信じたいです。今回のブログでは、山陰海岸ジオパークの景勝地、長尾鼻(ながおばな)と夏泊(なつどまり)海岸について紹介します。

 長尾鼻(ながおばな)は鳥取市青谷町と鳥取市気高町の境界にある岬のことです。岬の先端部が鳥の長い尾羽の形に似ていることから名付けられたそうです。この岬をつくる岩石は、約160万年前の火山噴火による溶岩です。大噴火によって大量の溶岩流が日本海に向かって流れ出し、広大な台地状の地形が形成されました。長尾鼻の周囲は日本海の荒波に浸食された海食崖(かいしょくがい)が連続し、雄大な絶景が見られます。初めて訪れた人は間違いなくこの景観に圧倒されます。70m以上もの断崖絶壁の場所もあり、福井県の東尋坊を訪れた人なら、きっと「長尾鼻は鳥取の東尋坊かも」と思われるに違いありません。

 長尾鼻の岬一帯は豊富な魚種に恵まれていて釣り人の憧れの名所として有名です。なので、釣り人はアクセスに悩むことはないのですが、絶景のみの見学者にとっては道順が分かりにくいことが難点ですので、少し説明します。

 日本海沿いの国道9号線を青谷町から鳥取市に向かって走っていると、坂道を登り切った左手に「西因幡県立自然公園」の入り口の標柱が見えてきます。鳥取市方面から来た人は右手に標柱が見えます。国道から岬へとつながる一本道を走っていると、途中で分かれ道があります。左側の道を進んでしばらくすると空き地があり、そこが長尾鼻の有料駐車場となっています。国道からは3分程度で到着します。

 釣り人は有料ですが、写真撮影だけなら無料です。ただし、気を付けなければならないことが二つあります。一つ目は、農道は道幅が狭くて普通車の場合は対向車が来たときはすれ違いがとても困難です。安全面を考慮すれば、軽トラックか軽自動車がお勧めです。二つ目は、長尾鼻は断崖絶壁の場所なので一人で行くのは大変危険です。観光ボランティアの方などに依頼されるのが安心安全です。

 長尾鼻駐車場からはすぐ近くに長尾鼻灯台が見えます。案内板には次のように説明されていました。「因幡国鳥取県のほぼ中央部に位置する長尾鼻は、その断崖の上から東に鳥取砂丘、西に伯耆富士大山の雄姿、そして日本海に浮かぶ隠岐ノ島を通して「地球の丸さ」を感じさせる水平線が一望できる素晴らしい場所として知られています。灯台は昭和28年(1953年)3月31日に海上保安庁により設置点灯され、その当時は職員が家族と共にここに居住して灯台を保守していましたが、昭和43年(1968年)の無人化、平成2年(1990年)の大幅な改修工事による機器の自動化等に伴い、現在は無線による監視と職員による定期的な巡回により維持管理されています」

 灯台守(とうだいもり)という言葉がありますが、昭和の時代までは全国各地の灯台は、海の安全を守る人たちの職場であり生活の場となっていたのです。案内板には光の届く距離が書かれていました。驚くことに、約39.8㎞も届くそうです。真夜中に操業する漁師さんたちにとっては灯台の光こそが命綱だったに違いありません。

 長尾鼻の岬の西側の付け根部分の海岸が「夏泊海岸」です。この海岸も火山の大噴火による溶岩流が日本海に流れ出て形成された岩石海岸です。長尾鼻は断崖絶壁で危険が伴う場所ですが、夏泊海岸は安全に雄大な溶岩地形を眺めることができます。青谷の砂浜を左手に見ながら国道9号線を鳥取市方面に向かっていると、坂道を上るすぐ左手に「夏泊」への入り口があります。そこから数分で「夏泊漁港」に到着します。そのすぐ先が夏泊海岸です。

 夏泊海岸の海中は、荒波で削られた複雑な岩礁が広がっているので、サザエや岩ガキ、イガイなどの貝類が豊富に生息しています。尽きせぬ豊かな海の幸に恵まれた絶好の場所なので、夏泊海岸では素潜りの「海女漁(あまりょう)」が伝えられています。この伝統漁法は400年以上の歴史があります。海女漁は山陰地方では唯一、夏泊で行われてきた漁法です。1950年代には30人近くの海女が活動していましたが、高齢化と後継者不足のために2013年には海女組合も解散を余儀なくされたそうです。

 夏泊集落の起源は、何と豊臣秀吉の朝鮮出兵まで遡ります。秀吉の家臣だった鹿野城主、亀井茲矩(かめいこれのり)が朝鮮へ出兵するにあたり、水先案内人を務めたのが筑前(福岡県)の漁師「助右衛門」という人物だったそうです。秀吉の死により朝鮮出兵は終わったのですが、亀井氏は助右衛門の漁師としての技量に惚れ込み、藩内の漁業の発展のために鳥取の地へと連れてきたそうです。

 助右衛門は漁の適地を求めて藩内を歩いて回り、夏泊の地を最適地として選んだようです。城主亀井氏は助右衛門に夏泊を免租地として与え、助右衛門は夏泊に網漁を伝え、助右衛門の妻は素潜りが得意だったので海女の技法を伝えたことが夏泊海女漁の始まりとされています。

 伝統ある海女漁が途絶えることに危機感を感じた地域の方たちは、現在、「夏泊海女の会」を結成し、夏泊の海女の歴史とブランドを守るために活動をされています。先月の地元紙の報道によると、3名の海女さんが新たに誕生しています。夏泊は海女漁以外にも漁業が盛んで、白イカ漁の漁火(いさりび)は夏の風物詩となっています。夏泊の沖合には定置網が仕掛けてあり、獲れた魚は「夏泊朝市」で販売されていて、販売日は大変な賑わいのようです。

 長尾鼻も夏泊も梨楽庵から15分以内で行くことができます。ごく近くにありながら大人になってからも長い間、長尾鼻の存在も夏泊の存在もただ名前を知っているだけでした。その素晴らしい価値には私自身が全く気付いていなかったのです。私の目はまだまだ遠くばかりを見つめていたからです。ブログを読んでくださった方は、次回鳥取の旅の計画をされる時には、山陰海岸ジオパークも組み入れてみてはいかがでしょうか。