農家民宿 梨楽庵ブログ

小川氏庭園 環翠園(かんすいえん)

風景

環翠園の入り口です。門が開くと、素敵な露地がワクワク感を高めます

茶庭は露地(ろじ)の景色を見ながら散策することも楽しみの一つです

  南側から見た「打吹山」と「南山荘」の景観です

茶室「洗心亭」があった場所です。再建してほしいです

 形の異なる灯篭鑑賞も散策の楽しみの一つです

 これだけ見事な石橋は見たことがありません

趣のある古木の青紅葉が陽光に照らされて輝いていました

散策の後は、「南山荘」で季節の和菓子と抹茶をいただきました

 今から4年前、令和3年11月3日に小川氏庭園「環翠園」が一般公開されました。当時は、ワクチン接種が普及したおかげで、コロナ感染症が収束に向かい始めた時期でした。報道機関で度々紹介されるので、機会を見つけて、必ず出かけてみたいと思っていました。

 しかし、営業日は金・土・日の3日間のみ、しかも事前予約が必要でした。一般的に公開当初は、予約申し込みが集中します。予約の確保は困難だろうし、予約できたとしても当日の天候が良いとは限りません。週末には地域の共同作業等の行事が組み込まれることも多く、庭園見学は先延ばしになっていました。

 「環翠園」は“国登録記念物”であり“鳥取県指定文化財名勝”という高い評価がされています。倉吉市の旧市街地にあり、車では梨楽庵から25分ほどで行くことができるのに、ブログ発信はまだできていませんでした。先延ばししていては、いつまでも心のモヤモヤが晴れません。意を決して、週間天気予報を確認してから電話予約を入れました。嬉しいことに、土曜日でしたが、予約を確保することができました。

 梨の大袋かけが終わり、農作業が一段落した6月7日(土)、開園直後に庭園の管理事務所を訪問しました。環翠園の営業時間は午前9時30分から午後5時までです。庭園鑑賞時間は、1時間30分、1日5回の入替制です。最大定員は1枠10名までです。

 驚いたことに、当日は土曜日だったにも関わらず、9時30分からの予約者は私たち夫婦のみでした。「週末なのに、どうして見学者が少ないのですか?」と案内ガイドのNさんに尋ねると、「今日は鳥取県の中部地区を主会場とする“SUN-IN未来ウォーク”の開催日だからでしょうか」とのお返事でした。

 入園手続きを済ませると、Nさんから環翠園を造園した小川家の略歴についての説明がありました。小川家は3代目の富三郎(1804~1891)が酒造りと綿の販売で財を成しました。4代目の貞四郎(1845~1915)は銘酒「久米川」を販売し、明治26年(1896年)には小川製糸場を設立しました。製糸場で生産された生糸は高品質だったので、県下有数の生糸生産額を誇りました。

 6代目、貞一(1882~1943)は、明治43年(1910年)に小川合名会社を設立しました。大正4年(1915年)には酒銘を“打吹正宗(うつぶきまさむね)”に改めました。さらには、倉吉醤油株式会社(後のヒシクラ株式会社)を創業し、県下の金融界、産業界の要職に就き、地方財界の重鎮として活躍されました。

 貞一は政治家としても能力を発揮し、県会議員や貴族院議員も務めました。さらには、女子の教育振興にも関心が高く、県立倉吉高等女学校(現倉吉西高等学校)や県女子師範学校(現八頭高等学校)の設立にも尽力されました。

 特筆すべきは、昭和5年(1930年)、倉吉市にある県立厚生病院の前身にあたる「有限責任利用組合厚生病院」の設立委員長として、開院に向けて中心的な役割を果たされたことです。何と、産業組合による病院の開院は全国初の偉業でした。

 案内ガイドのNさんから小川家の説明を聞きながら、初めて知ることばかり、しかも驚くことの連続でした。最も感心したことは、環翠園を造営した6代目貞一さんが小川家の築いた財力を社会貢献のために活用してきたことでした。入園前に小川家についての予備知識を学んだことで、庭園鑑賞へのワクワク感がより高まったように感じました。

 環翠園は「池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)」です。“池泉回遊式”とは、中央に大きな池を造り、池の周囲には園路を巡らせ、散策しながら庭園鑑賞ができる工夫がなされている庭園のことです。

 環翠園の池の水は、園の直ぐ側を流れる鉢屋(はちや)川から水を引き込み、池の中の“亀島”を巡らせ、再び鉢屋川にもどしているそうです。小鴨川(おがもがわ)を引き込んだ鉢屋川は清流です。だからこそ、池の水も透明感があり、錦鯉も気持ちよさそうにゆったりと泳いでいました。

 Nさんの説明によると、令和5年度の国土交通省の調査により「水質が最も良好な河川(一級河川)」が全国で17河川発表されました。鳥取県からは中部地区を流れる「天神川(てんじんがわ)」と「小鴨川(おがもがわ)」の2つの河川が選定されたのです。水質調査の対象河川は全国に160河川あるということですから誇るべき結果です。

 パンフレットによれば、環翠園は東西約32m南北約40mの広さなので、大規模な庭園ではありません。しかし、池の周囲に築かれた築山(つきやま)の高低差を利用し、園路が巧みに配置されているので、散策しながら異なる景観を楽しむことができるのです。

 園路は、単なる散策路ではありません。園の南側には茶亭「南山荘」と「楽水庵」が配されており、環翠園は茶室に設えられる“露地(ろじ)”の茶庭として作庭されています。

 そのため、園内には趣の異なる石燈籠や蹲(つくばい)がたくさん配置され、露地を構成する「飛石(とびいし)」も様々な形状の石が組み合わされており、飛石に目線を向けると飽きることがありません。

 神戸から依頼を受けた庭師・巽武之助は樹木の種類と配置に気を配ることはもちろんですが、飛石の選定と配置にはより神経を使ったのではないでしょうか。

 露地を歩いていると、細長い大きめの石が配されています。Nさんの説明によると、この石は庭園内の景色を眺めるための最適な場所に置かれているということでした。調べてみると、「物見石(ものみいし)」と呼ばれる飛石でした。

 趣向が凝らされた環翠園の景観美には驚くことばかりでした。特に、打吹山を借景とした茶亭「南山荘」の構成には感服しました。現在の倉吉市内の中心街から眺めると、南西方向に位置する打吹山はミニ富士山のような形状で、倉吉市のシンボルとなっています。

 しかし、環翠園の池の北側の物見石から眺めると、打吹山は南側に位置し、3つの山が連なる形状をしています。そして、「南山荘」の屋根三棟が連なる形状は打吹山の形状を模したデザインであることは間違いありません。

 庭園内の借景として背後の山並みを取り入れた庭園は全国に数多くありますが、庭園内の中心的な建物である茶亭の屋根と借景を組み合わせた斬新な趣向はここだけの発想なのかもしれません。

 園内を回遊後は、茶亭「南山荘」に入館し、展示されている絵画や彫刻、陶芸作品等を鑑賞し、季節の和菓子と抹茶を一服いただきました。最後に、茶室を見学し、南山荘の玄関を出て、東門に通じる簡素なデザインの露地を通り帰路に着きました。

 庭園鑑賞は、一枠90分の時間設定でしたが、案内ガイドのNさんの名解説に引き込まれ、時が経つのはアッという間でした。身近にありながらその存在さえ知らなかった環翠園でしたが、一般公開されたことで全国レベルの文化財に触れる機会を得ることができ、とても感謝しています。

 まだお出かけになられていない方は、是非とも足を運ばれることをお勧めいたします。名解説を聞きながら、園内をゆっくりと散策すると、間違いなく、充実したひと時を過ごすことができます。