農家民宿 梨楽庵ブログ

山陰海岸ジオパーク(夏泊海岸)

風景

   鳥取市青谷町にある“夏泊海岸” 

  地図上の右上付近に夏泊海岸が見えます

    今回のブログでは、山陰海岸ジオパークの景勝地、夏泊(なつどまり)海岸について紹介します。鳥取市青谷町の砂浜を左手に見ながら国道9号線を鳥取市方面に向かっていると、坂道を上るすぐ左手に「夏泊」への入り口があります。そこから1分ほどで「夏泊漁港」に到着します。そのすぐ先が夏泊海岸です。

 私が住んでいる集落は、平成の大合併で湯梨浜「町」となる前は、泊“村”でした。昭和の頃までは、泊村は半農半漁の村だったので、漁業が盛んな時代があり、泊漁港も賑わっていました。

 泊村の鳥取市よりのすぐ隣町が青谷町で、青谷町にある漁港が夏泊漁港だったのです。なので、子供のころから「夏泊」という地名は聞き知っていましたが、泊の港へ行って遊ぶことはあっても、夏泊へ行くことはありませんでした。夏“泊”なので、泊の親戚かなあ?くらいに思っていただけでした。

 ところが、山陰海岸ジオパークの魅力にはまってしまい、ブログ取材のために昨年と今年と2回現地を訪れました。梨楽庵からは、わずか10分ほどで到着するのに、興味関心が及ばなかったために、数十年の歳月を費やしてしまったのです。

 夏泊海岸は、前回のブログで紹介した“長尾鼻”の西側の付け根部分にある海岸です。長尾鼻と同じく、この海岸も約160万年前に鳥取県中部の中国山地付近にあった火山の大噴火による溶岩流が日本海に流れ出て形成された岩石海岸です。駐車場のすぐ目の前が夏泊海岸です。

長尾鼻の溶岩は「鉢伏山板状安山岩」と呼ばれています

 板状に割れ目が発達していることが、長尾鼻の安山岩の特徴です

 長尾鼻は断崖絶壁で危険を伴う場所ですが、ここでは運動靴を履いていれば溶岩の上を安全に歩いて見学することができます。駐車場から眺めるだけでも溶岩地形に圧倒されるのですが、歩きながら次々と現れる大自然の造形物を見ていると全く飽きることがありません。

 数十キロも離れた中国山地から膨大な量の溶岩が流れ出し、ゆっくりと日本海に向かって流れ下り、海水によって急速に冷やされ、目の前の地形ができたなんて、想像するだけで楽しくなってきます。

 いや、間違いでした。目の前の地形は、長い年月の間に日本海の荒波によって浸食され、幾度も姿を変えてきたに違いありません。画像では溶岩地形の迫力をお伝えすることは不可能です。是非とも現地を訪れて体感してください。

 奥に見える巨岩は“獅子岩(ししいわ)”と呼ばれています

   天然記念物級の大自然の造形物です

 この夏泊海岸の海中は、荒波で削られた複雑な岩礁が広がっているので、サザエや岩ガキ、イガイなどの貝類が豊富に生息しています。尽きせぬ豊かな海の幸に恵まれた絶好の場所なので、夏泊海岸では素潜りの“海女漁(あまりょう)”が伝えられています。

   岩ガキは鳥取県の夏の特産物です

 この伝統漁法は400年以上の歴史があります。海女漁は山陰地方では唯一、夏泊で行われてきた漁法です。1950年代には30人近くの海女が活動していましたが、高齢化と後継者不足のために2013年には海女組合も解散を余儀なくされたそうです。

 夏泊集落の起源は、何と豊臣秀吉の朝鮮出兵まで遡ります。秀吉の家臣だった鹿野(しかの)城主、亀井茲矩(かめいこれのり)が朝鮮へ出兵するにあたり、水先案内人を務めたのが筑前(福岡県)の漁師「助右衛門」という人物でした。

 秀吉の死により朝鮮出兵は終わったのですが、亀井氏は助右衛門の漁師としての技量に惚れ込み、藩内の漁業の発展のために鳥取の地へと連れてきたのです。

 助右衛門は漁の適地を求めて藩内を歩いて回り、夏泊の地を最適地として選びました。城主亀井氏は助右衛門に夏泊を免租地として与え、助右衛門は夏泊に網漁を伝え、助右衛門の妻は素潜りが得意だったので海女の技法を伝えたことが夏泊海女漁の始まりとされています。

 伝統ある海女漁が途絶えることに危機感を感じた地域の方たちは、現在、「夏泊海女の会」を結成し、夏泊の海女の歴史とブランドを守るために活動をされています。昨年7月の地元紙の報道によると、3名の海女さんが新たに誕生しています。

 夏泊は海女漁以外にも漁業が盛んで、白イカ漁の漁火(いさりび)は夏の風物詩となっています。夏泊の沖合には定置網が仕掛けてあり、獲れた魚は「夏泊朝市」で販売されていて、販売日は大変な賑わいのようです。

  白イカの刺身は絶品です。夏の特産物です

 長尾鼻も夏泊も梨楽庵から15分ほどで行くことができます。ごく近くにありながら大人になってからも長い間、長尾鼻の存在も夏泊の存在もただ名前を知っているだけでした。

 その素晴らしい価値には私自身が全く気付いていなかったのです。その当時、私の目はまだまだ遠くばかりを見つめていたからです。ブログを読んでくださった方は、次回鳥取の旅の計画をされる時には、山陰海岸ジオパークも組み入れてみてはいかがでしょうか。梨楽庵では、ご相談により、ご案内することもできます。

*参考資料…山陰海岸ジオパーク推進協議会制作資料(パンフレット)