山陰海岸ジオパーク(兵庫県北部②)
風景

日和山(ひよりやま)海岸の景観です。遠くに見えるのが丹後半島です。左上の島が後ケ島(のちがしま)です

京都府の北部が丹後半島です
梨楽庵から1時間40分ほどで豊岡市内に到着し、玄武洞をめざしました。ところが、案内表示を見間違えたのか、円山川に沿って走っていると城崎温泉に到着しました。城崎温泉には、ずいぶん昔に一度だけ来たことがありましたが、宿泊したことはありません。帰路に立ち寄ることにして、10分ほどで辿り着ける景勝地「日和山(ひよりやま)海岸」へ行くことにしました。
日和山は水族館のある城崎マリンワールドが人気スポットでした。平日だったのですが、夏休み期間中だったので多くの家族連れで賑わっていました。日和山海岸はジオスポットの一つで、火山活動によって形成された岩石からなるリアス式海岸でした。

猛暑にも関わらず、多くの家族連れが訪れていました

水族館は大人も子どもも楽しめる観光スポットです
海岸の沖合には島が見え、竜宮城のような建物が造られていました。不思議に思いパンフレットを見ると、島は「後ケ島(のちがしま)」と言われ、何と、浦島太郎にまつわる伝説が残っている島だったのです。ここでもまた、予備知識のないことによる新鮮な感動を得ることができました。

日和山海岸を後にして、玄武洞に向かったのですが、せっかくなので城崎温泉街に立ち寄ることにしました。平日でしたが、駐車場は満車だったので、車をゆっくりと走らせながらの車窓見学にしました。
城崎温泉は、街中を流れる大谿(おおたに)川の両岸を中心に、温泉街が広がっていました。柳並木の両岸には、土産物店や飲食店、老舗の旅館などがひっきりなしに立ち並び、見事な温泉情緒が醸し出されていました。さすがは全国に知られた歴史ある名湯です。
城崎温泉は訪日外国人にも大人気の温泉地だと聞いていましたが、その通りでした。外国人観光客もたくさん見かけました。今回は日帰りの日程だったので、次回は城崎温泉を目的に再訪したいと強く思いました。昼間とは異なる夜間の独特な温泉街の雰囲気を是非とも味わってみたいものです。
城崎温泉を立ち去るのは名残惜しかったのですが、玄武洞へ車を走らせました。玄武洞は円山川を渡って城崎温泉からおよそ5分の所にありました。玄武洞周辺は、玄武洞公園として整備されていました。受付で支払いを済ませ歩いていると、すぐ目の前に圧倒的な存在感のある溶岩壁でできた洞窟が見えてきました。それが「青龍洞」でした。

玄武洞は圧倒的な存在感のあります。是非この場所にたたずんでください

玄武洞の正面左側の様子です

玄武洞の正面右側の様子です
玄武洞公園では青龍洞、白虎洞、朱雀洞など5つの洞窟が見学できます。溶岩が冷えて固まるときにできる柱状節理(割れ目)を明瞭に確認できるのが青龍洞です。案内板によれば、今から300万年前頃から1万年前頃まで、但馬地域一帯では火山活動が活発に起こっていました。玄武洞付近は約160万年前の火山噴火で流れ出た溶岩によって形成されました。

青龍洞です。大自然の造形美に驚かされます

青龍洞の柱状節理はここでしか見ることができません

白虎洞です。玄武洞公園では5つの洞が見られます

溶岩が冷えて収縮すると割れ目ができ、その形が五角形や六角形になるそうです

北朱雀洞です。玄武洞と比べると規模は小さかったです

南朱雀洞です。玄武洞公園はそんなに広い面積ではありませんが、5つもの形状の異なる地質の姿を見ることができるのは奇跡としか言いようがありません
1807年(文化4年)、ここを訪れた江戸後期の儒学者・柴野栗山(しばのりつざん)は、岩石が作り出す節理の形や断面の模様から中国の妖獣(ようじゅう)「玄武」を思い浮かべ、「玄武洞」と名付けました。1884年(明治17年)、東京帝国大学の小藤(ことう)文次郎博士は、玄武洞にちなんで、同様の岩石を“玄武岩”と名付けました。
江戸時代には、玄武洞周辺の岩石は採石場として開発されました。玄武洞などの5つの洞は景勝地として知られ、特に、玄武洞と青龍洞は節理の美しさや学術的な重要性から、1931年(昭和6年)に国の天然記念物に指定されました。玄武洞は山陰海岸国立公園に含まれ、日本の地質百選にも選定されています。そして、もちろんですが、山陰海岸ジオパークにも含まれているのです。
(次回に続きます)
