農家民宿 梨楽庵ブログ

伯耆国と出雲国は鉄の一大文化圏④

梨楽庵

   桜井家の記念館の「可部屋集成館」

 菅谷を出発すると、県道272号線を戻り、吉田中学校前で左折し、県道38号線を奥出雲町に向かって走ります。国道432号線で右折し、しばらくすると桜井家住宅及び可部屋(かべや)集成館に到着しました。ここは奥出雲の中でも最も奥地で広島県の県境近くにありました。

 可部屋とは桜井家の屋号のことです。集成館には鉄師桜井家に伝えられてきた書画や茶器などの美術工芸品が多数展示されていました。桜井家は松江藩の信頼が厚く、歴代の当主が“鉄師頭取”の重責を務めていました。

 桜井家には大名茶人“不昧公(ふまいこう)”として有名な、第7代藩主松平治郷(はるさと)公を皮切りに、歴代の藩主が6回も“御成(おなり)”されたので、藩主をもてなすための調度品も多数残され展示されていました。

 松江藩御三家の中でも、特筆すべきことは、桜井家は普通の鉄だけでなく、“鉄砲地鉄”を製造していたことです。大坂の堺の鉄砲鍛冶問屋から鉄砲地鉄の注文を受けていた文書も展示されていて驚きました。

 鉄砲の製造方法の説明書きもあり、新鮮な感動を覚えました。展示品をじっくりと見ていると時間がかかりますので、必要な資料を撮影し、国の重要文化財に指定されている桜井家住宅を見学することにしました。

 桜井家住宅の敷地内は広大で、風格のある家構えに圧倒されました。特に、享和3年(1803年)に藩主“不昧公”が“御成”のときにつくられた日本庭園は見事でした。

 渓谷沿いの地形のために、横に長い大邸宅でした

桜井家の正面からの写真です。鉄師御三家の風格が漂っていました

  手前の書院の間から玄関方向を撮影しました

 説明によると、藩主御成の特別企画として、上流から水路で水を引き、庭の背後の斜面の上部から水を落とし、滝を演出したそうです。不昧公は大変喜ばれ、滝を“岩浪(がんろう)”と名付けられたそうです。それゆえ、この庭園は「岩浪の庭」と呼ばれています。

松江藩主“不味公”が御成のために作庭されました。“岩浪の庭”の左側半分です

         “岩浪の庭”の右側半分です

 名庭園にも負けず劣らず人々を感動させるのが、紅葉の美しさです。邸宅内や周辺には色鮮やかな紅葉が降り注いでいました。邸宅の直ぐそばを澄み切った渓流が音を立てて流れています。その渓流沿いにも大きな紅葉の木が、赤や黄色や緑の色模様で衣替えをして、私たちを楽しませてくれました。

 渓流沿いにはモミジがたくさん植えられていました

庭園見学が目的で訪れる観光客の方もいました。納得です

 「この雰囲気は何か京都に来ているようだなあ。ここは嵐山かなあ、それとも神護寺のある高雄(高尾)辺りかなあ…」そんなことを思いながら紅葉に見とれていると、カメラを手にしたおばさまが声をかけてきました。

   奥出雲ではなく、ここは京都なのかも?

  「きれいでしょう!」「はい!すごくきれいです!」「実はね、ここの紅葉は京都から運んで植えられたんですよ」「えっ!本当ですか!」 「私は地元に住んでいるので、この時期には紅葉を見に来るんですよ」

 自宅に戻ってからパンフレットを読むと「庭の下を流れる渓流の両岸の紅葉は、5代の家内が輿入りの際、京都より移したものです」と記載されていました。しかも、京都の場所はというと、“高雄”だったのです。“おったまげる”とは、きっとこのようなことをいうのでしょう。

 桜井家見学は、たたら製鉄の資料の収集と学びが主目的でしたが、運よく紅葉のベストシーズンと重なって、予想外のプレゼントをいただいた気持ちがして、幸福感に満たされた思い出に残る時間となりました。

 建物の多くは国の重要文化財に指定されています

 時計を見ると、午後3時半を回っていました。安全に帰宅するためには、そろそろ帰ろうかな、と妻に話すと、「鬼の舌震に行けないかな?高所恐怖症のあなたが渡れなかった橋を渡りたいんだけど…」と言うのです。

 来年になって温かくなってから再訪しようかな、とも考えましたが、鬼の舌震に来るには約3時間かかります。「うーん。わかったよ。一度行ってるから、時間短縮での観光になるけど、いい?」「うん、いいよ」

“鬼の舌震”を再訪しました。自然の力はやはり、すごい!

 時間が時間なので、鬼の舌震には観光客はほとんどいませんでした。高さ45m、長さ160mの「舌震“恋”吊橋」に到着すると、妻はスタスタと吊橋を前に進み、真ん中付近で渓流の写真を撮影しています。撮影後も前進、前進あるのみ。渡り切ろうとしています。

「おーい!戻ってきてよ!もう時間がないから、渡り切ると遅くなるよ!」渡ることができない弱気の心を、時間のせいにしてごまかしている自分が、なぜかとても情けなかったのです。

 鬼の舌震の遊歩道は全長約2㎞もあるのですが、前回私が歩いた道を短縮して散策しました。切り立つ絶壁とゴーゴーと流れる谷川の音、鬼なのか、ゴジラなのか、怪腕を振り回して投げ捨てられたように折り重なる巨岩や奇岩の姿は、確かにここでしか見ることができない絶景でした。

 午後6時20分ごろ、何とか無事に帰宅することができました。米子付近を通過するころは、もう日が落ちていました。とにかく安全第一で運転を心がけました。お父さんもお母さんもなかなか帰ってこないので、真っ暗闇の中庭にいた梨梨ちゃん、さみしくさせてごめんなさい!この後、梨梨ちゃんはお母さんとの遅い散歩となりました。