たたら炉による鉄づくり②
梨楽庵

中央が“たたら炉”、左右に置かれているのが“天秤鞴(てんびんふいご)”
前回のブログで紹介した「鉧押(けらおし)」の操業では、三日三晩休むことなく火を燃やし続けなければなりませんでした。作業が始まると、たたら炉の内部へ風を送り込み、火力を高め維持することがとても重要となります。
送風施設としての鞴(ふいご)の進化の歴史については専門的になり過ぎますので省略します。ブログでは、“天秤鞴(てんびんふいご)”について簡単に説明します。

右側の茶色の構造物が“天秤鞴(てんびんふいご)”、左側にもあります
天秤鞴の発明については明確な記録がないようですが、奥出雲では1691年(元禄4年)、絲原家文書の中に天秤鞴の使用の記載があり、17世紀後半頃に登場し、18世紀前半にかけて各地に広まったようです。
天秤鞴はたたら炉の両側に1台ずつ置かれました。天秤鞴を踏む仕事は“番子(ばんこ)”の役目でした。1台に3人、2台で6人の番子が必要でした。一人が1時間ほど鞴を踏み、2時間休んではまた踏み、交代しながらの作業でした。
三日三晩踏み続けなければならなかったので大変な重労働だったと言われています。交代で作業をすることを「代わりばんこ」と呼んでいますが、言葉の由来はここからきていると言われています。
和鋼博物館と奥出雲たたらと刀剣館には天秤鞴が展示されています。実際に鞴を踏んで、どのように風が送られるのか、刀剣館で体験しました。奥さんと“代わり番子”にやってみました。遊び半分の気持ちでやるのは簡単ですが、ただひたすら1時間も踏み続けることは自分には無理だと感じました。
たたら探求の旅でもっとも驚いたことの一つが、たたら炉の地下構造を再現した展示とその説明でした。高殿の中で操業された、たたら炉の製鉄炉の地下構造は“床釣り(とこつり)”と呼ばれました。
床釣りは湿気によって炉内の温度が低下することを防ぐために考えられた構造物です。たたら炉で砂鉄を製錬するためには、1300℃~1500℃の高温が必要です。そして、高温を維持するためには、操業によって温められた炉(釜)の熱によって地中から上がる湿気を防ぐことが最も重要なのです。

たたら炉の下の地下構造を“床釣り”と呼んでいます

この床釣りの模型は、現在、唯一操業している「日刀保(にっとうほ)たたら」の地下構造を再現したものです。「奥出雲たたらと刀剣館」に展示されています。必見です!

左右に設置された天秤鞴で送られた風は、図中の「木呂(管)」と呼ばれる送風管を通って炉内(釜内)へ送られます

本床(ほんどこ)と小舟(こぶね)をつくる様子です。地下構造は最下部に排水溝を設置し、荒砂、砂利(じゃり)、木炭、粘土を敷きつめた上に、中央に本床、左右に一対の小舟をつくります

本床の天井をたたいて締めます

炉床をつくる様子です。最初に薪を燃やして本床は木炭で敷き詰めます。木炭を加えながらたたいて締めます。これを繰り返し、整地して炭床をつくります。保温効果を上げるための作業です。
小舟に敷き詰められた薪は、燃え尽きて空洞になります。操業が始まると、断熱保温効果を高める重要な役割があります。次回の操業時には、薪を燃やして生炭をつくり、それをたたきしめて整地します

整地が終わったら、粘土を練り、元釜、中釜、上釜の順番に粘土を重ねて炉をつくります

炉(釜)を乾燥させてから木呂管(送風管)を炉(釜)に取り付けて完成です。高品質の鋼を作るために、先人たちは知恵を絞り改善を加えながら、たたら炉での鉄づくりを受け継いでこられたのです
炉内の温度低下は品質を悪化させます。たたら炉での操業の成否を左右する言葉として、“一床(とこ)、二土(つち)、三村下(むらげ)”という言葉が伝えられています。“床”は床釣りのこと、“土”は炉をつくるための粘土の質の良し悪しのこと、“村下”とは操業の責任者のことです。床釣りをどのようにつくりあげるかが最も重要で、その構築方法は村下の秘伝だったと言われています。
今回のブログでは、天秤鞴とたたら炉の地下構造について報告しました。
