日日是好日
梨楽庵

「幸せって何かはわからないけど、毎年同じことがいつものようにできることが幸せなのかもしれないわね」女優の黒木華さん主演の映画「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」の中で、茶道のお師匠さん役の樹木希林さんがお弟子さんたちに向けてお話しした新年のあいさつの言葉です。
思春期から青年期にかけては、誰もが一度は「幸せって何だろう。どんな生活ができたら幸せって言えるのだろう」と、捉えどころのない未来に対する不安感の中で、もがき苦しんだ経験をお持ちではないでしょうか。
正解を求めて幸福論について書かれた書物を手に取るのですが、読み終えても、幸せの正体をつかみ取った実感はなく、著者それぞれの体験に基づいた幸福論が説かれているだけでした。「幸せって、結局は人それぞれの感じ方なんだな」程度で、深くは考えないまま時を過ごしていました。
ところが、冒頭の樹木希林さんの言葉を聞くや否や、初めて幸せの意味を理解できたのです。まず、「幸せって何かはわからない」という前置きが、私の聞く耳を捉えたのです。多くの幸福論は、わからない、とは説かず、幸せの持論を展開します。でも、なぜか私の心には届かなかったのです。
次に、わからない、と前置きしながらも、「毎年同じことがいつものようにできることが幸せ」と話されました。私が若い頃だったなら、毎年同じことがいつものようにできるなんて、単なるマンネリじゃないですか」と反論したにちがいありません。
しかし、社会人となり生活してみると、毎年同じことがいつものようにできないことの方が多い現実に直面します。社会情勢に目を向ければ、戦争や災害や政治状況の対立が激しくなって、毎年同じことができない生活状況を余儀なくされている方たちが多数おられます。
そのことを考えると、「毎年同じことがいつものようにできること」は、確かに「幸せ」に違いありません。でも、希林さんは「幸せなのかもしれないわね」と断定はされませんでした。だからこそ、より一層希林さんの言葉が私の胸に響いたのです。
映画のパンフレットには、「季節のように生きる」という言葉が書かれていました。15年以上も梨栽培を中心とする農業に携わっていると、2つの言葉が心に深く沁みてくるのです。毎年同じように栽培しようと努力をしますが、なかなか思うようにはいきません。だからこそ、納得のいく作物が育った時は、幸せ感を感じます。
令和になって以降、世界も日本も時代の大きな曲がり角に直面しています。あらゆる分野でこれまでの価値観が通用しなくなっています。混沌とした激動の世を生き抜くことは大変です。
生き抜くための明確な指針や手立てはありませんが、春と秋が短くなったとはいうものの、今年も四季の変化を味わい、海と山が近くにある自然環境に感謝し、いつものように梨づくりや農作業ができることに幸せを感じながら、梨楽庵で出会うお客様とよりよい交流をしていきたいと思います。

