つながる命 いのちの重さ
梨楽庵

梨楽庵の裏の浜から見た春の彼岸の夕日
教職に就いていたとき、20代と50代のときを合わせると、合計6年間小学校に勤めていました。50代のとき、児童たちの前で命の大切さについてお話をする機会がありました。
ちょうどその月の参観日の学習内容は、全ての学年が「命について考える」というテーマでした。現在もそうですが、10年以上前も、いじめによって命を失う事件が全国各地で起きていました。
教職の立場にある人は、目の前の子どもたちが自分の夢や目標に向かって活き活きと学校生活を過ごしてくれることを願っています。そのために、いじめに関わる事象の早期発見といじめが起きない学校環境づくりは、常に念頭に置いて学習指導をすることが最も重要でした。
それゆえ、年間に行われる参観日の中でも、いのちについて考える参観日は意義のある参観日に位置付けられていました。私も子どもたちの前でいのちについてのお話をする機会がありましたので、今日のブログではそのお話を紹介いたします。
『みなさんは自分の命について授業の中でどんなことを考えたのでしょうか。数日前に新聞を読んでいると、「自分の命は誰のものか」というお話が紹介されていました。多くの人は「自分の命は自分のもの」と答えると思います。
それでは、つながる命の図を見て下さい。自分の命はお父さん、お母さんからいただいたものですね。そして、みなさんのお父さんとお母さんはおじいさん、おばあさんからいただいた命です。さらにさかのぼると、3世代前では8人、4世代前では16人、さらに自分から数えて5世代前にさかのぼると、32人のご先祖様がいたからこそ、今の自分がこの世にいるのです。みなさんの命は、お父さんお母さん、おじいさん、 おばあさんなど、多くの人たちとつながっているのです。

みなさんは夏休みのお盆にはお墓参りをしますね。3月の「春分の日」や9月の「秋分の日」も祝日でお休みです。この日にも多くの人がお墓参りをすると思います。しかし、5世代も前になると会ったこともない人です。でも、その人たちの命はみなさんの体の中に受け継がれ、つながっているのです。
なるほど、私たちのいのちはつながっているのだ。だから、自分の命は自分一人の命ではないので、大切にしなければならないのだな、と新聞を読みながら考えました。このお話を読んだ後も、なぜかずっとこのお話が心に残りました。
「大切な命」と言うけれど、学校で生活していると、学級の友達に平気で傷つく言葉を投げつけて問題が起こることがあります。「一人ひとりの命はとても大切なものだと子どもたちはわかっているはずなのに、なぜだろう。なぜ、そんな言葉を投げつけてしまうのだろう」と、先生はずっと悩んでいました。
新聞記事を読んでから、何日か経って、ようやく気がつきました。それは、 「一人ひとりの命がどんなに大切なのかを、まだ本当にはわかっていないからだ」と。命は大切なだけでなく、本当に重いものだということに、ようやく気がついたのです。(この後に、つながる命の図を逆さにした図を見せました)

みなさんどうですか。5世代さかのぼってみると、私一人に32人の命が積み重なっているのです。10世代さかのぼってみると、驚くことに、2046人の命が積み重なっているのです。みなさんの命はこんなにも多くの人のつながりの中で生まれているのです。だからこそ、みなさん一人ひとりの命はこんなにも重くかけがえのない宝物なのです。
命のつながりと命の重さを理解してくれましたね。次にお墓参りをするときは、左の手のひらを見ながら命のつながりに思いを巡らせてください。次に右の手のひらを見ながら命の重さを感じてください。そして、手のひらを合わせて、心の中でご先祖様に感謝の言葉を伝えてください。
命のつながりと命の重さを知ったみなさんが、自分の命だけでなく、周りの人たち一人ひとりの命を大事に思って生活してくれることを強く願っています』
子どもたちにお話ししてから、もうかなりの年数が経っていますが、新聞記事をきっかけに、私自身が命のつながりと命の重みについて深く考えさせられた出来事でした。
4月になって全国各地の職場や学校では、新入社員や新入生を迎えて、新しい環境に適応するための研修や授業が行われたことでしょう。

梨楽園の新緑も色鮮やかになってきました
大型連休明けからは令和8年度が本格的にスタートします。一人ひとりの命が木々の若葉の新緑のように、瑞々(みずみず)しく輝く日々となることを願っています。
