農家民宿 梨楽庵ブログ

石谷家住宅①

梨楽庵

 石谷家は外構えの大きな正門のある「御屋敷」です

 “石谷家住宅”と聞いて、鳥取県外の人で、スッと頭の中に建物のイメージが浮かぶ人はどのくらいおられるのでしょうか。今から17年前、平成21年に国指定の重要文化財に指定されたことがきっかけで、私も石谷家住宅の存在を知るようになりました。

 極々身近なところにとんでもない宝物がありながら、公にならない限りは、価値あるものでも、その存在さえ知られないままになってしまうのかもしれません。

 石谷家住宅は、鳥取県八頭郡智頭町にあります。鳥取市から関西方面へ向かう途中の山間部にあり、古くから杉の産地で林業が盛んな町です。現在は無料の鳥取自動車道が開通しているので、鳥取市内の市街地からでも車で30分ほど走り、智頭ICを下りると5分ほどで到着できます。

 しかし、高速道路が開通する前は、一般道を走ると、湯梨浜町の自宅からは1時間半はかかったように記憶しています。距離的に遠かったことと、当時はまだ一般公開されていなかったので、石谷家住宅に無関心だったのだと思います。

 石谷家は江戸時代から代々大庄屋を務め、地主経営や山林経営で財を成し、明治以降も商業資本家として地場産業の振興を図り、篤志家として地域経済の発展に尽力されてきました。明治30年代に活躍した石谷伝四郎は衆議院議員に選出され、後には貴族院議員にも選ばれています。

 因幡国(鳥取県)と美作国(岡山県)を結ぶ「因美線」の鉄道建設にあたっては、私財を投じて財政面の支援も行っています。石谷家は江戸時代から明治・大正・昭和にかけて、特に鳥取県東部地域の発展に大いに貢献してきているのです。

 一般公開されるようになってから何度か足を運んでいますが、一昨年、ブログの取材のため久しぶりに見学しました。5月の大型連休直前の平日だったので、観光客は私以外には老夫婦と男性の一人客がいるだけでした。ほぼ貸し切り状態だったので、じっくりと隅々まで観察することができ、またとない幸運に恵まれました。

 石谷家住宅の大門の前に佇むと、全体像はとらえ切れないものの、どっしりとした家構えからは、横綱級の存在感が感じられました。主屋の入り口で受付を済ませて中に入ると、大広間のような土間があります。その土間の天井は、おそらくは石谷家以外では見ることができない広大な吹き抜け空間となっています。

 吹き抜け空間は松の巨木が縦横に組み合わされてできています。文字で書くと“巨木の梁”としか表現できませんが、これほどの巨木の松で梁組をしようと考えた棟梁の技量と豪胆さに感服します。

 この空間に身を置けば、人間の底知れぬ偉大さが伝わってきます。きっと棟梁は、天井の奥から見学者を見下ろしながら、叫んでいるにちがいありません。「どうだ!お前たち、こんな空間、見たことねえだろう。参ったか!ワッハッハー」

 貸し切り状態で見学できたので、他の観光客に被写体を遮られる心配もなく、納得いくだけ写真に収めることができました。順路を追って詳細に紹介することもできるのですが、そうすれば、初めて訪れる観光客の楽しみを奪ってしまうことになります。

 今の時代はホームページで簡単に調べることができますが、予備知識が少ない方が初めて訪れた時の感動がより深いように私は考えています。なので、写真掲載は最少限にとどめました。

( 次号へ続きます )