とまり夏祭り
風景

水平線にはイカ釣り漁の漁火がたくさん見えました

夜空には北斗七星がきらめいていました

陸側の城山にドーンと花火の反響音が響きます

とまり夏祭りは集客力抜群のイベントです

今年も泊の花火は多くの人に感動を与えました

白イカは鳥取の夏の味覚の横綱です。刺身が美味しいのですが、湯がくと独特の甘みと食感を味わうことができます。

岩ガキも鳥取の夏の味覚の横綱です。白イカと「海のミルク」と呼ばれる岩ガキは、祭りの夕食を盛り上げます。
毎年夏に私が楽しみにしていることの一つは、地元の湯梨浜町泊地区の「とまり夏祭りの花火」です。夏の夜空に輝く花火を見るのは、私だけでなく誰もが楽しみにしていることでしょう。
若いころは、数千発も打ち上げられる花火大会の新聞広告やTVニュースを見ると、心を奪われ、他県まで足を運び花火鑑賞をしていました。しかし、いつの頃からか記憶にはないのですが、とまりの夏祭りの花火を見ているうちに、わざわざ他県まで出かけなくても、ふるさと泊の花火鑑賞で十分に満足している自分に気が付くようになったのです。
その理由の一つは私の心の変化です。泊の花火の打ち上げ本数は約1200発と少なく、打ち上げ時間も30分程度です。しかし、本数が少なく、短時間にもかかわらず、打ち上げる花火の構成力やリズム、強弱や間の取り方がとても見事だと感じるようになったからです。数千発の呼び込みに誘われて遠出をして花火大会を見に来たにもかかわらず、なぜか満足感が感じられないのは、花火師の演出力に違いがあるからなのかもしれません。
二つ目の理由は、泊の花火は港の波止場から打ち上げられる海上花火だということです。ほぼ毎年、梅雨明け一週間後の週末にとまり夏祭りは開催されます。この時期の夏の海の上は柔らかな海風が吹いています。そのため、打ち上げ後に発生する火薬の煙は微風に流され、一か所に留まることが少なく、連続して打ち上げられた時も花火は鮮明な形を映し出しています。とまりの花火の最大の魅力は「花火の鮮やかさ」です。このことにも気が付くようになったからです。
そして、三つ目の理由です。天候に恵まれた時には、夜空には満天の星がきらめき、水平線近くの海の上には、白イカ漁をしている漁船の漁火を眺めることができます。星と漁火と花火が演出する三拍子そろった花火大会は他ではなかなか見ることはできません。
全国的に有名な花火大会でなくても、都道府県の中核都市の花火大会は花火の打ち上げ本数も多く、集客力も桁違いで数万人が集まります。若いころならホテルの宿泊予約をして出かけることも苦にならなかったのですが、花火終了後の帰宅時の大混雑は耐え難いものがあります。JRでの移動も列車内は超満員のすし詰め状態。夜空に光り輝く大輪の色とりどりのフィナーレの連続花火の感動も、帰宅時のラッシュアワーがかき消してしまうのです。このような理由から、私はとまり夏祭りの花火大会が見られるだけで十分以上に満足するようになったのです。
今では泊の花火はかなりの評判となっています。近年は、泊の花火見物のために、花火大会当日は湯梨浜町外からも多くの人が押し寄せています。岡山県北部の蒜山(ひるぜん)や米子市からも遠出にもかかわらずやって来られます。花火の打ち上げが始まる頃には、会場の泊新港周辺は大混雑となり、会場へ向かう一里浜線の歩道は、家族連れなど、道行く人たちで人の流れが途切れません。会場近くに広い駐車場がないのが難点ですが、泊の地形上致し方ありません。
泊の花火は梨楽庵のすぐ裏の砂浜で鑑賞することができます。ありがたいことです。毎年、打ち上げ時刻が迫ってくると、夕食を中断し、花火鑑賞の準備を始めます。砂浜に広げるゴザ(イ草の茎で編んだ敷物)と懐中電灯を持って浜に向います。1分ほどで到着します。浜辺なので屋台など夜店はなく、暗闇です。ご近所の方たちもおられますが、密集感は全くありません。花火の鑑賞後は宴会を再開します。遠出の花火大会の帰宅時の疲労感は全くありません。
コロナ禍の真っ最中は、とまりの花火大会も中止を余儀なくされました。中止となったことで、より一層、とまりの花火が地域住民や私たちに勇気や元気を与えてくれていたことに気が付くようにもなりました。今年の花火は先週の土曜日に打ち上げられました。やはり見事でした。私が泊の花火に肩入れするのは、花火師の中に泊出身の教え子がいることも贔屓目(ひいきめ)となっているのかもしれません。日本という国に命を戴き、平和な社会の中で花火を観賞できる今に感謝しながら猛暑を乗り切っていこうと思います。
