“牛骨”ラーメン
風景

これが私がイチ押しの“牛骨ラーメン”です

お店に入ると、昭和の時代が色濃く残っています

入店すると、す左側に見えるのが、この“おでん”です
全国各地のラーメン通の皆様なら、牛骨ラーメンの故郷が鳥取県だということは既にご存知ですよね。「あったり前よー!」とお叱りの声が飛んできそうです。
今から15年ほど前から、「鳥取県内に牛の骨で出汁を取ったラーメンがあり、これが意外とおいしいんだ。」という噂が広がり、メディアでも紹介され、牛骨ラーメンの存在が全国に知られるようになったのです。
牛骨ラーメンは、鳥取県中部地区と西部地区で昭和20年代頃から地元の人たちに愛されてきた郷土食の一つです。マイナーだった牛骨ラーメンがメジャーデビューしたタイミングを捉え、中部地区の熱烈な牛骨ラーメンの愛好家たちは、「鳥取牛骨ラーメン応麺団(おうめんだん)」を結成し、牛骨ラーメンのPRを開始したのです。
シンガーソングライター講演師として全国的に活動されている湯梨浜町出身の石川達之さんは、何と、「牛骨ラーメン応麺歌」を作詞作曲し、ユーモアたっぷりの台詞を挿入し、講演会などで独特の歌声を披露して、拍手喝采を浴びたのです。
コツコツコツコツ牛骨 コツコツコツコツ牛骨
コツコツコツコツ牛骨 みんなで食べたい
牛骨ラーメン ギュウー!ギュウー!
初めてこの曲を聴いたとき、石川さんの作詞作曲の才能と、方言混じり田舎風の歌声に感服したことを今でもはっきりと覚えています。「この歌は大ヒットするぞ。石川さんは紅白歌合戦に出場するかも知れないぞ」
そんな期待感で胸を躍らせましたが、今のところはまだ、紅白への出場は実現できていません。しかし、私は今でも「牛骨ラーメン応麺歌」は、いつか大ヒットを飛ばすと信じているのです。
さて、「応麺歌」の説明が長くなりましたので、牛骨ラーメンの本題に戻ります。鳥取県の中部地区には、倉吉市を中心に「牛骨ラーメン店」が点在しています。
私は全てのお店を制覇したわけではありませんが、味とお店の構え、入店してから出るまでの雰囲気を総合的に、いや、主観的独断的に判断すると、写真で紹介した琴浦町にある老舗の「すみれ食堂」さんの牛骨ラーメンが1番のお気に入りです。
もちろん、どのお店もこだわりの牛骨ラーメンづくりをされています。でも、門外漢が軽率に「こだわって作っておられます」などと言えば、「お前なんかに、うちのこだわりがわかるもんか!」と店長さんからギュウコツならぬゲンコツを食らいそうです。
人により好みは様々です。鳥取県中部を旅先に選ばれた旅行者の方は、ご自分のお気に入りのお店はどこかなと、コツコツコツコツ調べて牛骨ラーメン巡りを楽しんでください。
牛骨ラーメン店の中には、売り上げを伸ばし、大きな店舗を構えているお店もあります。東京の銀座に出店し、大成功を収めているお店もあります。地元紙には、アメリカのハワイにも進出し、ラーメン1杯が日本円で2000円でも飛ぶように売れているという記事が掲載されていました。この15年余りで、牛骨ラーメンは鳥取を飛び出し、世界進出を達成したのです。驚きです。
石川さんは、「牛骨ラーメン応麺歌」の中で、牛骨ラーメンの特徴を「初めて食べても懐かしい想い出の味だよ」と表現されています。全く同感です。
“懐かしい味”とは、私の解釈では「昭和の味」ではないかと考えています。昭和20年代に創意工夫された味が今も変わらずに受け継がれているので、一口食べると昭和の味を舌が感じ取るのかもしれません。平成生まれでも感じ取れる味なのです。
そして、“想い出の味”とは、今は、個食の時代ですから、ラーメンも一人でさっさと食べてお店を出るのが現代風なのかもしれません。しかし、牛骨ラーメンは、家族や友人たちや職場の仲間たちと一緒に食べることが多いのです。
だからこそ、一人で牛骨ラーメンを食べていても、ワイワイガヤガヤと話に花が咲いた昔の想い出の情景が思い出されるので、想い出の味と感じるのではないでしょうか。鳥取の旅の想い出に、是非とも、牛骨ラーメンをご賞味ください。
*すみれ食堂さんでは、「おでん」も食べることができます。これまた昭和の雰囲気が感じられる「お鍋」でグツグツグツグツと長時間煮込まれた食材が、鍋の蓋を開けると、早く食べてと声をかけてきますよ。
*地元紙によると、大阪・関西万博において大阪外食産業協会が出展する外食パビリオン「宴」で、鳥取県内3店舗の牛骨ラーメンが一週間限定で提供されたようです。来店者の反応はどうだったのでしょうか。万博デビューの結果やいかに!
