農家民宿 梨楽庵ブログ

伯耆国と出雲国は鉄の一大文化圏③

梨楽庵

    立ち並ぶ田部(たなべ)家の土蔵群

 令和6年11月18日(月)は朝から小雨模様でしたが、たたら探求第4回リベンジの旅に出かけることにしました。この日の目的地は安来市にある「和鋼博物館」でした。博物館ですから、雨でも見学できます。再生できないSDカードは諦めて、再度の取材に意気揚々と出発しました。

 やはり、二回目の訪問は事がスムーズに運びます。道順も間違えませんし、手際よく取材することができました。入館直後には、受付の職員さんにお願いして、日本刀を構えた姿をデジカメで撮影していただきました。

 日本刀の原料となる“玉鋼(たまはがね)”を手のひらにのせて持つと、前回よりもずっしりと重く感じました。パネル写真や展示資料等をデジカメに収めましたが、本当で撮影できているのかな?と心の中は、やや不安でした。和鋼博物館で取材を終えると、この日は真っ直ぐに帰宅しました。

 実は、たたら探求第2回の旅を終えた時、妻から要望がありました。「絲原家住宅を見学したら、あまりのすごさに驚いたわ。なので、松江藩鉄師御三家のあと二つ、田部(たなべ)家と桜井家も是非見学したいわ」

 私も同感でした。早速、週間天気予報を確認し、11月20日(火)に出かけることに決めました。当日は、真っ青な青空が広がり、絶好の行楽日和となりました。

 午前8時40分出発、写真でしか見たことのない田部家土蔵群を最初の見学先に決めました。梨楽庵からは約3分で山陰自動車道に乗り入れることができます。

 松江方面に向けてひた走り、宍道(しんじ)JCTで左折して松江自動車道を広島方面へ進みます。雲南吉田ICを下りて、道の駅「たたらば壱番館」で休憩しました。約2時間15分のドライブでした。

 道の駅の観光案内窓口で説明を受け、パンフレットをもらいました。『鉄学の旅へ』、パンフレットの表紙のタイトルが秀逸でした。10分程度車を走らせると、田部家土蔵群に到着しました。立ち並ぶ土蔵群に圧倒されながら、田部家の私邸の玄関先まで足を運びました。

奥に見えるのが田部家の大邸宅です。両側にも土蔵が立ち並んでいます。土蔵は全部で14棟あります

石段を上ると田部家です。私邸なので一般公開はされていません

見事な枝ぶりの枝垂桜でした。満開の時に眺めてみたいです

 残念ながら私邸の一般公開はされていませんでしたが、玄関前の右手に植えられていた枝垂桜の見事な枝ぶりと存在感は、田部家の風格を表しているように感じました。

 田部家土蔵群の前の緩やかな坂道は、坂道に沿って町並みが整備されていて、落ち着いた雰囲気が醸し出されていました。平日だったので人影も少なく、写真撮影するには絶好のタイミングでした。しばらく坂道を登っていると、左手に「鉄の歴史博物館」があり、見学することにしました。ここにもたたら製鉄関係の資料がたくさん展示されていました。

坂道に沿って町並みが整備されていました。しばらく歩くと、「鉄の歴史博物館」が左手に見えてきます

 一番印象に残ったのは、昭和44年(1969年)に、たたら操業を復元した際の記録映画「和鋼風土記」でした。「和鋼博物館」や「奥出雲たたらと刀剣館」でも映像資料を視聴し大変参考になりましたが、上映時間30分余りのこの記録映画は胸に迫りくるものがありました。

 今から55年前の作品です。たたらに従事した熟練の職人たちが後世に残すためにと、最後の力を振り絞って撮影に臨んだ意気込みが画面を通してヒシヒシと伝わってきました。

 次の見学地は、“菅谷(すがや)たたら山内(さんない)”でした。この地に残された“高殿(たかどの)”は、田部家がたたらを操業する際の中心的な建物でした。たたら製鉄が衰退してからも木炭倉庫などに利用されていたので、操業当時のままの姿で奇跡的に保存されてきました。現在、日本で唯一現存しているたたら製鉄の施設であり、国の重要有形文化財に指定されています。

 菅谷たたら山内の高殿(国の重要有形文化財)

  日本に唯一現存している「たたら製鉄」の施設です

中に入ると江戸時代にタイムスリップしてしまいます

 写真を見てもおわかりだと思います。高殿はどっしりとした趣きのある建物でした。中に入ると、江戸時代の空気感に包まれるような感覚がしました。中央部のたたら炉を守るように建てられた4本の巨木の柱は、防火対策として長い板が張り付けてあり、柱の本体に延焼しない工夫がなされていました。 

 天井の側面も土壁が施され、細心の安全対策がなされていました。高殿見学後は、周辺の施設を見学し、帰路は高台から菅谷の集落を眺め、たたら操業時に思いを馳せました。

たたら製鉄に従事した人たちが集落を形成していました

(次号へ続く)