たたら炉による鉄づくり①
梨楽庵

松江藩“鉄師御三家”の絲原(いとはら)家の高殿(一番大きな建物)と山内(さんない)の様子(明治30年頃)
たたら製鉄とはどんなやり方で鉄を作るのでしょうか。最初に少しだけ前回のブログの振り返りをします。現在、製鉄所の高炉で鉄を作るには、主原料として「鉄鉱石」と「石炭」からつくられるコークスと少量の石灰石が必要です。一方、たたら製鉄の主原料は「砂鉄」と「木炭」です。

たたら製鉄で「木炭」が必要なのは、木炭を燃焼することで、砂鉄に含まれる不純物を取り除くためです。製鉄所で石炭からつくられるコークスが使用されるのも鉄鉱石から不純物を取り除くためです。

鉄鉱石は自然界では酸化鉄の状態で存在しています
「砂鉄」も「鉄鉱石」も酸素と結合した“酸化鉄”の状態で自然界に存在しています。そのために、木炭や石炭からつくられるコークスを使って燃焼することで還元し、“酸化鉄を鉄にもどす”ことが必要なのです。

製鉄所の溶鉱炉では石炭からつくられるコークスを使って燃焼させます

燃焼することで酸化鉄が還元されて鉄ができます

製鉄所ではさまざまな鉄製品がつくられています
たたら製鉄では、「高殿(たかどの)」と呼ばれた建物の中に製鉄炉を作り、鉄づくりを行います。製鉄炉は「釜(かま)」と呼ばれ、操業のたびに粘土で作り、炉の中にできた鉧(けら)を取り出すために壊されます。そのために、現存するものは唯一、菅谷(すがや)たたら山内(さんない)の高殿だけなのです。

唯一現存する菅谷たたら山内の高殿
たたら製鉄の製造方法は二通りあります。鉧(けら)押し法と銑(ずく)押し法です。“鉧押(けらおし)”は、鋼(はがね)を作ることができるやり方で、銑鉄を炉の外に流し出しながら、鋼が含まれた鉧(けら)と呼ばれる大きな鉄の塊を炉の中につくる製法です。
“銑押(ずくおし)”は、銑鉄をつくるやり方です。銑鉄を炉の外に流し出してつくる製法です。炉内にも10%~20%程度の鉧(けら)が残りますが、鋼ができる品質ではありません。
日本刀をつくるためには、高品質の“玉鋼(たまはがね)”が必要です。そのために、玉鋼をつくるためには鉧押し法で操業します。鉧押の操業が始まると、三日三晩休むことなく火を燃やし続けなければなりません。
一回の操業を「一代(ひとよ)」と言います。高殿のリーダーは村下(むらげ)と呼ばれ、副リーダーは炭坂(すみさか)と呼ばれました。炉内に砂鉄と木炭を交互に入れながら作業できるのはこの二人だけです。村下が引退すると、炭坂が跡を受け継ぎます。

たたら炉による操業の様子

奥出雲町横田にある復元された「日刀保(にっとうほ)たたら」での操業の様子です。(財)日本美術刀剣保存協会が支援されています。写真は、「奥出雲たたらと刀剣館」の写真資料です

1.たたらの操業は三日三晩休みなく行われます

2.火種の上に大量の木炭を投入します

3.フイゴで空気を送り、火力を上げます

4.昔は足踏式の天秤フイゴが使われました

5.空気が送られると、木炭が燃え始めます

6.村下(むらげ)が炎を見ながら砂鉄を投入します

7.炭坂(すみさか)が木炭を投入して火力を上げます

8.たたら炉の下から不純物の鉄滓(ノロ)を取り出します

9.三日三晩、30分おきに砂鉄と木炭を投入します

10.送風を止めて、たたら炉をこわします

11.炉の床には、大きな鉄の塊の鉧(けら)ができています

12.鉧(けら)は2.5トン~3.5トンの重さがあります。炉を壊して引き出します

13.鉧(けら)は、冷却後に細かく打ち砕いて鉄の品質ごとに分類します
炉内に投入される砂鉄には、「真砂砂鉄」と「赤目(あこめ)砂鉄」の二種類があります。真砂砂鉄は花崗岩の風化土から鉄穴流しによって選鉱された砂鉄です。不純物が少なく、真砂砂鉄がなければ玉鋼は作れず、日本刀もつくることはできません。
砂鉄が中国山地に広く分布していたことはすでに紹介しましたが、真砂砂鉄は主に島根県側と鳥取県側から産出されていました。
赤目(あこめ)砂鉄は玄武岩や安山岩などの風化土から選鉱された砂鉄です。不純物が多く含まれていることが欠点ですが、母岩中の鉄分含有量が5%~10%と高く、溶けやすい性質があるので各地で使用されました。しかし、玉鋼をつくることはできないため、銑押(ずくおし)の製法で銑鉄がつくられました。
1回の操業、つまり、一代(ひとよ)で使用される砂鉄は大量に確保しなければなりませんでした。鳥取県日南町の「砥波鈩(となみたたら)では、1回の操業で使われた砂鉄はおよそ13トンにもなるため、多くの鉄穴(中国地方では砂鉄を採った場所を鉄穴(かんな)と呼んでいました)から砂鉄を集める必要がありました。
鳥取県日野町の近藤家が経営した「都合山鈩(つごうやまたたら)では、真砂砂鉄は17ヶ所の鉄穴から集め、赤目砂鉄は20ヶ所あまりの鉄穴から集め、川砂鉄も取り寄せていたことが知られています。
今回のブログでは、たたら製鉄の二つの製造方法を中心に報告しました。
〈 追記 〉

奥出雲町にある「日刀保(にっとうほ)たたら」
明治時代以降、海外から安価な洋鉄が輸入されるようになり、たたら製鉄は徐々に衰退しました。1923年(大正12年)には操業は一時途絶えましたが、戦時中に再開されたものの、戦後とともに再び停止されました。しかし、日本刀をつくるためには、たたら炉でつくられた“玉鋼”が必ず必要なので、1977年(昭和52年)たたら製鉄は復活されました。
現在は、(財)日本美術刀剣保存協会が運営する奥出雲の“日刀保たたら”で唯一、たたら製鉄の技術が受け継がれています。(うんなんー神話と鉄の源流―パンフレット資料より抜粋)
