横綱 琴桜記念館
梨楽庵

「横綱 琴桜」土俵入り姿の銅像

白壁土蔵群の観光スポット入り口にあります

顕彰碑から徒歩で1分ほどの所にあります

大相撲ファンにはたまらない、懐かしい写真の数々

堂々たる横綱琴桜の土俵入りの姿

琴の若関の特集コーナーがありました
子どものころから相撲が大好きでした。小学生のころ、学校から帰ると外で近所の友達と遊んでいるのですが、午後5時が過ぎ、琴桜の取り組みが近づく頃になると、家に戻りNHK大相撲中継を見るのが楽しみでした。
土俵下に控えて出番を待っている琴桜の表情がTV画面に大きく映し出されると、その段階からもう、ワクワクドキドキしてくるのです。前の取り組みが終わると、呼び出しの声が館内に響き渡ります。「ひがあし―!ことざあくらー!ことーおざあくらー!」呼び出しの声にじっと耳を澄まし、心の中で「よーし!」と掛け声をかけながら、土俵に上がっていく琴桜の気迫が画面から伝わってきます。
大相撲が大好きになった一番の理由は、これから土俵で戦う力士を紹介する館内放送の案内文でした。「東方、東前頭三枚目、琴桜、鳥取県、倉吉市出身、佐渡ケ嶽部屋」…。この館内放送が流れると、何とも言えない誇らしい気持ちが湧き上がるのです。
鳥取県が全国で人口最少県であることは、小学生の高学年になると、はっきりと理解していました。「あー!自分は人の数が日本で一番少ない県に住んでいるのか。少ないということは、有名人も最も少ないだろうし、全国レベルで活躍している人もきっと少ないだろうな」……。今の自分は故郷鳥取県のことを誇りに思い、ホームページを立ち上げ、微力ながらブログで発信しています。しかし、子どもの頃の私は、鳥取県に生まれた自分を卑下していたのです。
情けない私の心の中に、故郷を誇らしく思う心の種をまいてくれたのが琴桜だったのです。琴桜は入門して5年目に小結に昇進したのですが、横綱柏戸との一戦で右足首を骨折する大ケガをして、十両まで大きく番付を落としたことがありました。しかし、再入幕して前頭の上位に番付を上げたころから、将来は大関をねらえる有望な力士だと言われるようになったのです。
中学生に上がった頃は、私は琴桜の大ファンになっていました。呼び出しの声にワクワクし、館内放送で故郷を誇りに思い、行司の「手をついて、待ったなし!」の掛け声を聞くと、ドキドキ感は最高潮になっていました。琴桜は大関に昇進しましたが、伸び悩み、大関在位32場所目にようやく横綱に推挙されました。32歳の年齢は、角界では高齢であるため、遅咲きの横綱と冷やかされながらも、鳥取県初の横綱誕生は、まるで自分のことのようにうれしかった思いが今も強烈に心に焼き付き残っています。
琴桜が引退してからは、大相撲を盛り上げる人気力士に心惹かれながらも、佐渡ケ嶽部屋所属の力士はいつも応援していました。白壁土蔵群の一画に琴桜の顕彰碑と土俵入り姿の銅像があり、近くには記念館があることも知っていました。顕彰碑と銅像は、「伝建地区」の観光スポットの入り口に建てられているので、車で通行中に車内から見ることができますが、記念館は見学することもなく時を過ごしていました。遅ればせながら、ブログ作成のために先日、初めて記念館を訪ねました。
「第五十三代横綱 琴桜記念館」は、古民家を活用した感じの二階建ての建物でした。中に入ると、所狭しと、琴桜に関係する記念品が並べられ、壁面にも額縁入りの写真や懐かしい当時の写真がびっしりと掲示されていました。琴桜が化粧まわしの上に綱をキリリと腰に締めた記念写真は、堂々としていて、輝いているように見えました。
狭くて急な階段を上って二階に上がると、ここにも多くの記念品や写真が展示されていました。左手の部屋にはTVが置かれ、琴桜の名勝負や横綱昇進の様子などが自動で繰り返し再生視聴できるようになっていました。入室した時は、ちょうど白熱した名勝負が次々に映し出されていました。
懐かしさ一杯の気持ちで見ていると、あの伝説の名勝負が始まったのです。西方の大関琴桜の対戦相手は、東方で腰を構えた横綱北の富士。行司の軍配が返り、「待ったなし」の掛け声とともに、両者は激しくぶつかり合いました。互角の立ち合いと思いきや、琴桜の怒涛のごとくの押しによって、横綱北の富士はただただ、ズルズルと一方的に後退するばかり。「右おっつけ、左のど輪」の琴桜の得意な形に完璧にはまってしまったのです。体に柔らかさのある北の富士は、強烈なのど輪を防ごうとして体を弓なりに反らしますが、そのまま土俵にたたきつけられたのです。
大関琴桜が通算3回目の優勝を決めたこの一番は、大相撲の歴史の中でも名勝負、名場面の一つに数えられています。誰もまねのできない、強烈な「右おっつけ、左のど輪」は琴桜の代名詞となったのです。琴桜は翌場所も14勝1敗で優勝し、大関の地位で連続優勝を果たしたので、第五十三代横綱に昇進したのです。横綱となり1回優勝しましたが、古傷の左ひざ痛に苦しみ、横綱在位期間は8場所でした。しかし、横綱在位期間は短かったものの、立ち合いから一気に土俵際まで相手を押し込む「猛牛」琴桜の雄姿は、大相撲ファンの心と、鳥取県民の心を鷲づかみにしたのです。
琴桜記念館は親切なことに入館無料でした。記念に何か買おうと見まわすと、琴の若の文字が書かれた品物が数枚重ねてありました。管理人のおじさんに「これって、本場所でファンが掲げているあの応援グッズのタオルですか」と尋ねると、「そうですよ。もう残りはそれだけです。なくなりますよ」「あ!そうですよね。次の場所までに『琴桜』を襲名しますからね」早速、一枚記念に購入しました。
いよいよ明日から、五月場所が始まります。50年ぶりに復活した「琴桜」のしこ名を襲名した、元横綱琴桜の孫にあたる「大関琴桜」が注目の的となることは間違いありません。番付をチェックすると、横綱大関の上位陣と対戦する三役から前頭4枚目あたりには、次の時代を担う力士たちがひしめいています。この中から誰が抜け出し照ノ富士に継ぐ横綱となるのか。興味の尽きない場所になるような予感がします。さあ、「待ったなし!」本場所の始まりです。
