水木しげるロード
梨楽庵

境港駅と水木しげるさん執筆中のブロンズ像

鬼太郎とねずみ男が水木先生を見つめています

境港駅前の街灯は、「目玉おやじ」です

境港駅前駐車場が近くて便利です

水木しげるロードは約800mです。左手の境港駅前から右手の水木しげる記念館までの間です

平日の午前11時ごろの様子です。ゆっくりと見学できました

鬼太郎と目玉おやじが出迎えてくれました

ねずみ男は寝そべっていました。

水木しげる先生ご夫妻です。素晴らしい笑顔です

リニューアルした水木しげる記念館です

記念館の中の写真撮影スポットです

水木しげるロードの終点です。ここから折り返します

妖怪のお箸やさんです。記念にお箸を買いました

昭和の雰囲気のあるかき氷のお店です

米子鬼太郎空港へ立ち寄りました

「よう来てごしなった(方言)」(よく来てくださいました)
「ゲッゲッ ゲゲゲのゲー 朝は寝床で グーグーグー たのしいなたのしいな おばけにゃ 学校もしけんも なんにもない ゲッゲッ ゲゲゲのゲー みんなで歌おう ゲゲゲのゲー」私のこどもの頃は、TVアニメの全盛期でした。「鉄腕アトム」「オバケのQ太郎」「巨人の星」「あしたのジョー」「サザエさん」など、取り上げればきりがありません。TVアニメが大人気となると同時に、アニメの主題歌も大ヒットしたのです。
大人気だったアニメソングの中でも私の脳裏に強烈な印象を与えたのが、「ゲゲゲの鬼太郎」の主題歌でした。冒頭の「ゲッゲッ ゲゲゲのゲー」で、まず一撃を食らいました。一体何なんだこの歌は!「ゲッゲッ」とは鳥取の方言で、驚いたときに発する言葉です。さらに「ゲゲゲ」とは、驚きを強調する言葉です。最後の「ゲー」は、驚きをより一層強調する言葉なのです。つまり、「ゲッゲッ ゲゲゲのゲー」とは、驚きを表現する最強度の言葉の使い方なのです。
作詩をした漫画家の水木しげるさんは、どうしてこのような言葉で驚きを表現したのでしょうか。それは驚くはずです。おばけの世界には学校もないし、試験もないし、嫌なものはなんにもない、のですから。朝が来ても、いつまでも寝ていても誰からも文句は言われないのですから。楽しくって、楽しくって仕方がないのですから。だからこそ、驚いたときに使う言葉を地元の方言を使用することで最高の喜びを表す意図があったのにちがいありません。
鳥取県の観光地の知名度NO.1は、鳥取砂丘です。梨楽庵に民泊した大阪や兵庫県の修学旅行生に「鳥取県で知っている観光地はどこですか?」と尋ねると、ほぼ100%が鳥取砂丘と答えます。しかし、今、鳥取県内で最も集客力のある観光地は、境港市にある「水木しげるロード」なのです。
地元紙によると、7月29日に、境港市は今年の入り込み客数が昨年より約一か月も早く、100万人の大台を突破したことを発表したそうです。今年の4月に「水木しげる記念館」がリニューアルオープンしたことと、映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」の大ヒットが相乗効果を発揮したようです。漫画家、水木しげるさんの名前を冠した「ロード」は、どのような経緯で人気観光地となったのでしょうか。少しだけ情報を入手してからお出かけするのもよいかもしれません。
境港市は、西日本有数の水揚げ高を誇る境漁港を中心に発展してきました。ところが、不漁による漁獲量の減少と郊外に進出した大規模小売店の影響を受け、かつては繫栄した中心商店街も客足もまばらな「シャッター商店街」になっていたのです。
境港市では中心市街地の活性化のために、平成2年(1990年)に公開討論会を開催したのです。討論会に参加されていた境港市出身の漫画家、水木しげるさんが、「自分の作品を街中に置いてはどうか」と提案されたのです。すると、「人通りの少ない商店街に妖怪の像を置くとさらにイメージが暗くなる」などと、商店街の人たちや市役所職員の中からも反対意見が出されたのです。しかし、3年間の議論を経て、平成5年(1993年)、商店街に23体の妖怪ブロンズ像が設置されて「水木しげるロード」がオープンしたのです。
漫画「ゲゲゲの鬼太郎」に登場するキャラクターのブロンズ像が、境港市の商店街に設置されたという出来事は、全国的な話題としてニュースで何度も取り上げられました。そして、オープンして三日後のことでした。妖怪ブロンズ像が盗難にあうという信じられない事件が発生したのです。この事件がトップニュースとなり、結果的には「水木しげるロード」の注目度が高まったのです。
境港市は「水木しげるロード」こそ、町おこしの、地域おこしの起爆剤と考え、矢継ぎ早に斬新な企画を立てたのです。「世界妖怪会議」「妖怪盆踊り」「妖怪そっくりコンテスト」「妖怪川柳コンテスト」などなど…。さらには、「妖怪神社」をつくり、平成15年(2003年)には10周年記念として「水木しげる記念館」をオープンさせたのです。
水木しげるロードが一躍全国区となったのは、平成22年(2010年)NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」がきっかけでした。「ゲゲゲの女房」は水木しげるさんの妻、武良布枝(むらぬのえ)さんが著した自伝エッセイを原作として制作されました。いきものがかりの主題歌「ありがとう」の大ヒットと相まって、大人気の朝ドラとなり、「水木しげるロード」には観光客が押し寄せるようになったのです。何と平成22年度の境港市への観光客の入り込み数は370万人を突破し、前年度の157万人を大幅に超えたのです。この年の4月に米子空港は知名度アップをねらって愛称化され、「米子鬼太郎空港」と呼ばれるようになりました。
令和2年度はコロナ感染症が全国的に広まり、境港市の観光客も激減しましたが、コロナ感染症が5類となり、再び、観光客が押し寄せています。梨楽庵のある湯梨浜町は、鳥取県のほぼ真ん中にあるのですが、水木しげるロードのある境港市は鳥取県の西の端にあり、車で出かけるにも時間がかかるので、15年ほど前に一度訪れただけでした。しかし、鳥取県を紹介するためには、足を運んで取材する必要があるので、お盆前の平日に出かけました。
午前9時に梨楽庵を出て、境港駅近くの駐車場に到着したのは午前10時30分でした。やはり1時間半はかかるのです。平日で、時間的にもまだ早かったので観光客は少なかったです。さて、いざ、出発!境港駅前の水木しげるさんのブロンズ像を皮切りに、リニューアルオープンした「水木しげる記念館」までの、およそ800mの商店街をゆっくりと見学しました。
水木しげるロードの車道の両側には、個性豊かなお店が並んでいました。まるで趣向を凝らした「鬼太郎グッズ展示会」のようでした。鬼太郎ファンならお土産に何を買おうか迷ってしまうに違いありません。水木しげる記念館を見学し、境港駅前に戻ったのは正午頃でした。記念館を出たころから観光客の数も増えていました。道行く人々を眺めると、ほぼ100%が家族連れでした。鬼太郎漫画に影響された大人たちと、妖怪キャラに魅せられた子どもたちが、家族の思い出づくりの場所として水木しげるロードを選ぶのは必然なのかもしれません。水木しげるさんが生み出した、誰もが親しみを感じる妖怪キャラには、人を引き付ける絶大な魅力があるのです。
二度目の訪問で私が最も印象に残ったのは、「水木しげる記念館」でした。特に、水木シアターで見た短編映画「娘に語るお父さんの戦記」では、戦争の悲惨さと不合理さが見事に表現されていて、改めて平和の大切さを痛感しました。そして、戦争の渦に巻き込まれながらも、出征先の現地の住民たちと国籍や民族を超えた交流を深めた水木さんの人間性に尊敬の念を抱きました。わずか9分の上映時間でしたが、日本の歴史を学び始める小学校6年生以上の子どもたちには是非とも視聴してほしい映画でした。
境港にはコロナ前から大型のクルーズ船も来航し、山陰地方のインバウンドの拠点となっています。8月3日には、境港と韓国の「東海(トンヘ)」を結ぶ定期貨客船が再開しました。「水木しげるロード」は、鳥取県のいち観光地から今や中国地方でも集客力のある人気観光地へと躍進しています。23体でスタートした妖怪ブロンズ像は、現在は177体に増えています。今日は8月14日、お盆です。水木しげるロードは、きっと多くの帰省客や観光客で賑わっていることでしょう。
