農家民宿 梨楽庵ブログ

鳥取城の復元整備事業①

梨楽庵

万延元年(1860)10月に三ノ丸の拡張を幕府に願い出た時の絵図です。右側の黄色の部分が三ノ丸(鳥取県立博物館所蔵)

 国内旅行を計画したとき、みなさんは旅行先にどの都道府県を選びますか?各種のランキング調査によると、北海道と沖縄県が1位か2位のようです。旅行先の都市では、東京、京都、大阪が上位を占めるようです。3都市はディズニーやUSJをはじめ、観光名所が目白押しだからです。

 大規模なテーマパークを除くと、観光の目的地には、世界遺産、日本遺産、国立公園など、誰もが知っている有名ブランド?先を選択するのではないでしょうか。近年では、お城ブームも後押しし、全国各地のお城には訪日客も含めて観光客が押し寄せています。

 中国地方の5県に目を向けると、岡山県には岡山城、広島県には広島城や福山城、山口県には岩国城、島根県には松江城(国宝)があり、いずれも観光名所となっています。しかし、鳥取県には、現在お城はありません。

 江戸時代には、現在の鳥取県の範囲は、池田光仲を初代藩主とする池田家が鳥取藩を治めており、現在の鳥取市には池田家32万石の大大名に相応しいお城がありました。現在の米子市にもお城があり、池田家の家老、荒尾但馬守が城代として居城していました。

 寛文7年(1667)米子城石垣御修復御願絵図(鳥取県立博物館所蔵)

 米子城には天守が2つありました。2022年(令和4)の元日に放送されたNHK「日本最強の城スペシャル第10弾~一度は行きたい絶景の城~」において、米子城は最強の城に選出されました。

 現在、お城はありませんが、山頂からの眺めは「これこそ絶景!」です。今や最高の絶景を見ることができるお城として全国的な人気となっています。

 さらには、米子城跡の天守台からは、朝日が大山の頂上に重なる“ダイヤモンド大山”を見ることができるので、年2回、観望会が開催されています。

 年2回とは、2月20日ごろと10月22日ごろです。ただし気象条件の良い時でないと見ることはできません。天守台まではおよそ15分で到着します。

 明治維新となり、1873年(明治6年)に新政府から廃城令が出され、西南戦争が終わり国内の治安が安定すると、鳥取城の建物の大部分は撤去されたのです。米子城も石垣を残して建物は取り壊されました。

 明治新政府の立場からすると、旧藩主の居城であった城は反政府の拠点ととらえられ、陸軍の施設として再利用の必要性がない城は廃棄の対象となったのです。

 江戸時代の末期には、全国の諸藩も財政難でした。明治になってからも新政府の財政は豊かではありませんでした。お城は巨大な建造物であり、維持管理するには莫大な費用がかかります。明治新政府は軍事的な視点から転用の必要性がないものは処分の対象としたのです。

 廃城令によってほとんどの城が処分されましたが、陸軍の軍事使用のために存続した城もありました。東京城(江戸城)、仙台城、名古屋城、大阪城、広島城、熊本城など40近くの城が残されました。

 しかし、存続した城も広い軍用地の確保のために堀が埋められ、石垣や城郭建造物が取り壊された場合も多かったのです。さらには、太平洋戦争時の空襲により被災し、天守や本丸御殿、櫓や城門等が焼失してしまったお城もたくさんありました。

 日本国内にあった貴重な文化財は、戦前、戦中、戦後の社会的経済的な激動の中で荒廃の危機を迎えました。そのような社会状況の中、1949年(昭和24年)1月26日、奈良の法隆寺で火災が発生し、世界最古の木造建築物の金堂壁画が焼失したのです。

 この事件は当時の国民に強烈な衝撃を与えました。さらには、同年、7月には、京都の金閣寺が焼失する事件が発生しました。これらの出来事がきっかけとなり、文化財保護の国民的な機運が高まり、1950年(昭和25年)5月に「文化財保護法」が制定されたのです。

 雪の金閣は、十数年前、2月に京都旅行に出かけた時に撮影しました。

 現在の金閣は、昭和61年(1986)から1年8カ月かけて行われた「昭和大修復」以降のものです。焼失後に再建された金閣は、10年余りで劣化が進みました。金箔が剥がれ落ち、下地の漆も劣化したため、大修復では、金箔は通常の5倍の厚さのものが使用されました。

 文化財保護法においては、国内の現存する12天守のうち、姫路城(兵庫県)彦根城(滋賀県)松本城(長野県)松江城(島根県)犬山城(愛知県)の5つの城が国宝に指定されています。重要文化財には、弘前城(青森県)丸岡城(福井県)備中松山城(岡山県)丸亀城(香川県)松山城(愛媛県)宇和島城(愛媛県)高知城(高知県)の7つの城が指定されています。

(次号へ続きます)