農家民宿 梨楽庵ブログ

言葉は、なぜ“言の葉っぱ”と書くの?

梨楽庵

   満開だった桜も葉桜に衣替えをしています

 ある日のある時、ふと、言葉について疑問が湧いてきたのです。なぜ、ことばを漢字で書くと“言葉”つまり、“言の葉っぱ”と書くのだろうか、と。さっそく調べてみると、遥かかなたに過ぎ去った学生時代に、学んだはずのかすかな記憶がよみがえる文章に出合ったのです。

 言葉の由来は、今から1100年ほど前に編纂された『古今和歌集』の「仮名序」にあったのです。「序」とは、和歌などの成立の由来などを記した文のことで、古今和歌集には、漢文で書かれた「真名序」と仮名で書かれた「仮名序」の文が添えられています。

 仮名序は、「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり」の冒頭の文で有名な『土佐日記』の作者、紀貫之の文です。仮名序の原文は以下のとおりです。

 「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、事業(ことわざ)、繁きものなれば、心に思うことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。

 世に鳴く鶯、水にすむ蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける。力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。(以下、略)」

 現代語訳は、「和歌は人の心をもとにして、いろいろな言葉になったものである。世の中でいきている人は、関わり合うことがたくさんあるので、心に思うことを、見るものや聞くものに託して、言葉に表しているのである。

 花に止まり鳴く鶯、水にすむ蛙の声を聞くと、この世に生を受けているもの全てが歌を詠まないことがあろうか、いや、みな詠むのである。力を入れないで天地の(神々)を感動させ、目に見えない鬼神をもしみじみとした思いにさせ、男女の仲を親しくさせ、勇猛な武士の心を和らげるのは、歌なのである。」

 仮名序の原文の冒頭にもどります。「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」、つまり、日本の和歌は、人々の心が種となって蒔かれ、大きな木として成長し、いろいろな言葉の葉っぱが生まれるのだと、紀貫之は書き記しているのです。

 「言葉には、なぜ葉という文字を使うのか?」さらにネットで調べてみると、自然栽培米専門店の井田敦之さんが見事な解説文を書かれていました。井田さんは、植物を人間に例えて考えることがよくあるそうです。例えば、一本の木を観察すると、根っこはその人の考え方や心で目には見えない部分です。木の幹は人の体を表し、枝葉は外部への「行動」と「交流」だと捉えます。

 自然界での葉の役割は、水分や気体の出し入れです。植物は体内の水分を水蒸気として体外に発散しています。同時に、二酸化炭素を取り入れて光合成を行い、酸素を排出しています。つまり、葉は、外界と接して交流している場所であり、人が他者と接する際の「行い」や「言葉」を意味しています。

 植物が光合成で二酸化炭素を吸って世の中に酸素を供給しているように、私たち人間も言葉を通して目に見えない何かを世の中に供給しているのです。言葉は私たちが世の中と交流する重要な手段なのです。

  「自分はどんな世界を創りたいのだろうか」「どんな世界を次世代の子供たちに残したいのだろうか」それぞれの人たちが自分の心から生まれた言葉を世の中に与えているのです。このように考えると、確かに私たちは言葉によって世界を創っているのです。

 新しく芽生えた葉は、徐々に枯れていき、また次の年には新緑の若い葉が芽生えます。そして、木は年々成長していくのです。私たちが使う言葉も、その時々の時代に相応しい言葉を適切に発することによって、木と同じように世の中を発展させていくことができるのです。言葉によって私たちは世界を創っているのです。

 柿の新芽も葉っぱが日ごとに大きくなっています

 井田さんの文章を自分なりの解釈で少し改変していますが、「なぜ言葉は、言の葉っぱと書くの?」と疑問を抱いたことによって、貴重な学びの時間を過ごすことができました。

 二十四節気では4月下旬の春の最後を「穀雨」と表現しています。昨日は終日、柔らかな春雨が降っていました。「穀雨」とは、春雨が降って百穀を潤す意味があるそうです。言の葉を調べることで、私の心にも穀雨が降った一日となったようです。

 一夜明けて、今日の午前中は曇り空でした。朝、梨の消毒作業をするために梨楽園に行くと、昨日の穀雨のおかげで新緑が一段と輝きを増していました。もうすぐ大型連休が始まりますが、梨楽園では梨の摘果作業の真っ最中となります。

 〈 追記 〉

 二十四節気は暦の中の季節を表す言葉です。1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれの季節を6つに分けた暦の言葉です。

 “穀雨”は“立春”から始まる春の6番目の節気名です。穀物を潤す春の雨が降る頃を意味しています。例年、4月20日頃から“立夏”の前日までの時期のことです。農作業の本格的な始まりの目安とされています。