農家民宿 梨楽庵ブログ

大山は、なぜ“だいせん”と読むのですか?②

梨楽庵

 古代から「大山」は伯耆国のランドマークでした

 番組によると、奈良時代の末に、桓武天皇が漢音(かんおん)を学ぶことを推奨したのです。そのため、桓武天皇が奈良の平城京から京都の平安京に都を遷(うつ)す頃にかけて、漢音(かんおん)が広く普及したのです。しかし、それまで呉音(ごおん)に親しんでいた僧侶たちは漢音ではなく呉音を使い続けたのです。その結果、呉音(ごおん)は仏教界の中で、つまり、寺院関係者の間で残り続けたのです。

 清水住職さんは、次のように説明を付け加えました。「今でも仏教のお寺では、いろいろな用語が呉音で使われています。お経も呉音です。ご飯を食べる場所は、漢音では食堂「しょくどう」と言いますが、お寺では「じきどう」と言います。呉音で読む風習が今でも仏教の中には残っているのです。」

 「山」の読み方を見てみると、呉音では「せん」、漢音では「さん」、そして、訓読みでは「やま」と読んでいます。つまり、「せん」という読み方は、もともと呉音から由来していて、仏教と深い関係があったのです。それでは、大山と仏教とはどんな関係だったのでしょうか。

 リポーターは、清水住職さんに取材を続けました。「この山は『出雲(いずも)国(のくに)風土記(ふどき)』には、伯耆(ほうき)国(のくに)火(ひの)神(かみ)岳(だけ)と書かれていて、神様が住んでいる聖なる山だったのです。古代から神様として崇(あが)められてきた大山は、信仰の対象になりました。

大神山神社です。大神山(おおがみやま)とは大山の古い呼び名です

 およそ1300年前、山で修行する修験者(しゅげんじゃ)が現れ、大山に仏教が持ち込まれたのです。この修験者たちが“大”いなる“山”として、仏教用語に多い呉音で“だいせん”と呼び始めたのではないか」と、住職さんは推測されていました。つまり、大山の“せん”は、中国から伝わった呉音の読み方だったのです。ガッテン!ガッテン!合点!

 この取材を通して、リポーターに新たな疑問が生まれました。それは、「中国地方に“せん”とつく山が多いのはなぜなのか」という疑問でした。確かに、鳥取県東部にある扇ノ山(おうぎのせん)も氷ノ山(ひょうのせん)も“せん”と読みます。疑問を解くためにリポーターは深掘りをして調査をしました。すると、驚くことが明らかになったのです。

 “せん”や“ぜん”と読む山は全国に約80座あり、その内、中国地方と兵庫県北部に約70座あり、何と鳥取県内には約30座あるとのことでした。この謎については、鳥取自然に親しむ会の会長、清末忠人さんが、中国大陸や朝鮮半島に近い山陰地方では呉音が定着していたのではないかと推測されていました。

 その他の説では、桓武天皇の通達が都から遠く離れた山陰地方には伝わりにくかったのではないかというものもありました。さらには、中国地方や山陰地方に「せん」のつく山が多いのは、古くから信仰の対象として崇(あが)められている大山への憧れの気持ちから、人々が地元の山にも「せん」とつけたのではないかという説も紹介されていました。

 大山と書いてなぜ“だいせん”と読むのか、私も深く考えたことはなかったのですが、NHKの特集番組を視聴したことで、地元のことをまた一つ学ぶことができたのです。“大山”という言葉には、深い歴史が隠されていたのです。

〈 追記 〉

 調べて見ると、音読みには、呉音と漢音だけではなく、唐音(とうおん)もあるそうです。唐音は漢字音の一つで、中国の宋(そう)・元(げん)・明(みん)・清(しん)の時代に、禅宗の僧や貿易商人によって伝えられた中国音のことで、宋音(そうおん)とも呼ぶそうです。また、唐音の“唐”は、中国の意味で唐王朝のことではないそうです。