橋津藩倉って何ですか?③
梨楽庵

鳥取藩の大坂蔵屋敷絵図(鳥取県立博物館所蔵)
鳥取藩では灘倉(なだぐら)を設置して以降、しばらくは大坂の大商人の船舶によって年貢米を大坂へ運んでいましたが、享保16年(1731年)に大船を造ることを命じ、保護するとともに、「御手船(おてぶね)」として年貢米の輸送に使用しました。幕末までに19隻ほど建造されたようです。
鳥取藩所有の「御手船」は、1,000石~1,500石を積み込むことができました。乗組員は、船頭を含めて15人~18人くらいだったようです。御手船は西に向かって雲州灘(島根県沖)を通り、下関から瀬戸内海に入り、瀬戸内海経由で大坂の中之島宗是(そうぜ)町にあった鳥取藩の「大坂蔵屋敷」に運ばれました。
大坂は関西の金融の中心地であり、西国の大名たちは大坂に「蔵屋敷(くらやしき)」を設け、藩内から取り立てた年貢米を廻送して貯蔵し、大坂の大商人を通して換金し、藩財政に運用していました。鳥取藩の蔵屋敷は、一棟100坪以上の大倉庫が32棟もあり、総敷地面積は4800坪余りあり、広大なものでした。

鳥取藩大坂御蔵屋敷(昭和初年頃のようす)

大坂御蔵屋敷裏門のようす
前述のように、正保2年(1645年)に橋津に藩倉が設置されて以降、近郷の村々の次男や三男などが移住し、さらには中国地方や四国地方の諸国からの移住者も多かったようです。橋津には100石前後を積み込むことができる渡海船を所有し、海運業を営む家が20軒余りありました。さらには、運送業者や船員、商人等が往来し、商業がさかんな港町として発展しました。
明治4年(1871年)、廃藩置県によって藩倉は官倉として鳥取県が管理することとなりました。しかし、しばらくは年貢米を収納していました。

明治期の橋津藩倉の全景写真(尾中芳子氏所蔵)
明治9年(1876年)に藩倉の一部が橋津小学校校舎となり、明治30年(1897年)にも新たに校舎に加えられました。大正10年(1921年)には橋津小学校は旧倉庫地から隣地に新築移転しました。
明治24年(1891年)に官倉の全部が「奨恵社」に払い下げられ、倉庫として活用されました。その後も藩倉は移築や撤去されたりしましたが、昭和6年(1931年)までは7棟が残っていました。
最盛期には16棟あった御蔵ですが、現在残っているのは「古御蔵」「片山蔵」「三十間北藏」のわずか3棟です。しかし、381年の年月を経た今も、橋津の地に遺構が残され、住民の手によって守り伝えられてきたことは、郷土の歴史の1ページとして、今後も伝承していくことが大切だと強く感じています。橋津の藩倉は、平成16年(2004年)に鳥取県保護文化財に指定されています。
補足ですが、現在、全国に残っている藩倉の遺構は、鳥取県湯梨浜町橋津、岩手県盛岡市、熊本県熊本市、熊本県宇土市のわずか4か所となっています。現状を確認するために関係機関に問い合わせてみました。
岩手県盛岡市(旧盛岡藩)には立派な御蔵が1棟現存し、盛岡市の文化財に指定され、史料館として活用されています。熊本市(旧熊本藩)には、川尻町に2棟が現存し、国の史跡に指定され、資料館として活用されています。熊本県宇土市にも1棟だけ残っていますが、今は個人所有となっているようです。
江戸時代が終わり明治の代になって以降、すでに158年が経過しています。時代の流れとともに、生活環境が激変し、貴重な歴史的な建造物が姿を消していくことも仕方ないのかもしれません。しかし、先人たちが守り伝えた藩倉を通して、当時の人たちの生活の様子を思い浮かべ、未来へとつなげる意欲を持ち続けていきたいものです。

【古御蔵】桁行12間(約21,6m)×梁間3間(約5,4m)
内部を三室に分けた三戸前。大正10年頃に移築されているが、往時の外観を有し、天井近くの地棟に立替えた時(天保14年:1843年)の棟札が残っています。北側の棟には、揚羽蝶紋入りの鬼瓦が使用されています。

【片山蔵】桁行5間(約9m)×梁間3間(約5,4m)
元は桁行15間(約27m)であった。大正末期から昭和6年に白壁土蔵造りに改造された。昭和30年代に御蔵の西側(正面左側)2/3が取り壊されて、元の1/3(「片山・壱」:桁行5間)になったが、移築されずに創設時と同じ場所に建っています。*1間は6尺(約1,818m)

【三十間北蔵】桁行5間(約9m)×梁間3間(約5,4m)
元は桁行15間だった。昭和26年に南側(正面左側)の1/3(桁行5間)が現在地に移築され、現存しています。この蔵は絵図に記載されている「三拾間・壱」に相当する蔵で、三棟の中では最も古い蔵です。西側の鬼瓦は鳥取藩池田家の家紋「丸に揚羽蝶」の紋入りの鬼瓦が使用されています。
*参考文献…『新修羽合町史』『羽合町史 前編』『鳥取藩 橋津藩倉 パンフレット』(湯梨浜町教育委員会)『奨恵社五十年史』岩田勝市(社団法人奨恵社)昭和6年『ふるさと橋津』「ふるさと橋津」刊行委員会 昭和50年『鳥取藩史 第2巻』『鳥取藩史 第4巻』
