農家民宿 梨楽庵ブログ

国宝 三徳山投入堂

風景

久しぶりに仰ぎ見る「国宝 三徳山投入堂」でした

樹齢およそ800年のご神木の荘厳さに圧倒されて、この地が神域であることを実感しました

  入山するや否やワンダーランドの始まりです

ブナの巨木の根っこをつかんで、よじ登っていきます

これが「くさり坂」、下から見上げると垂直の岩盤に見えました

「文殊堂(もんじゅどう)」は巨岩の岩場に建てられています。この場所に建てようと考えられた発想が信じられません

「地蔵堂(じぞうどう)」も岩盤の上に建てられています

  地蔵堂から眺めた大山方面の景観です

「鐘楼堂(しょうろうどう)」です。願いを込めてゴーン!

「観音堂(かんのんどう)」も岩窟に建てられています。右手から入って、お堂の周りを通り抜けします。このことを「胎内くぐり」と呼んでいます

706年、役行者(えんのぎょうじゃ)が法力(ほうりき…仏法を修行して得た不思議な力)をもって岩穴に投げ入れたと伝承されています

 地球規模で見ても、日本は豊かな自然環境に恵まれた国の一つです。そして、全国47都道府県の中でも、最も美しい自然景観に包まれた稀有な場所が鳥取県だと私は誇りに思っています。

 現在、日本の国立公園は31か所が指定されています。国立公園の多くは、日本アルプスに代表されるように、日本各地の名山を核として周辺地域が指定されています。一方、海岸地形や海の美しさに着目し指定された地域は、山岳部に比べると数は少ないのです。

 国立公園を有していない都道府県がある中で、鳥取県は「山陰海岸国立公園」と「大山隠岐国立公園」という、海と山の二つの国立公園が指定されています。

 山陰海岸国立公園は、鳥取県の東部地域が指定されています。大山隠岐国立公園は、鳥取県の西部と中部地域が指定されています。ということは、県全域に国立公園があるということです。

 今から11年前、それまでは国立公園の指定地域がなかった中部地域に新たに国立公園が追加指定され、大山隠岐国立公園へ編入されたのです。その地域とは三朝温泉で有名な三朝町にある「三徳山(みとくさん」地域です。指定された日は、2014年3月19日、“ミトクの日”でした。

 “三徳山(みとくさん)”という山の名前を知らない方でも、“国宝「投入堂」”と聞けば、ご存知の方が多いのではないでしょうか。実は、三徳山地域は、「日本一危ない国宝鑑賞と世界屈指のラドン泉」のキャッチフレーズで、「六根清浄(ろっこんしょうじょう)と六感治癒の地」として、大山隠岐国立公園よりも先に、日本遺産第1号に認定されているのです。

 令和7年2月5日、「第1回日本遺産アワード」の審査結果が東京都にある日本遺産普及協会により発表されました。日本遺産アワードとは、日本遺産検定に合格した173人の“日本遺産ソムリエ”が投票によって、より魅力的な日本遺産を選出し表彰することで、日本遺産の知名度アップを目的に創設されました。

 審査は、日本遺産104件を対象に、日本遺産ソムリエが「実際に訪れてみて魅力的だと感じた日本遺産」と「これから訪れてみたい魅力的な日本遺産」の2部門に投票し、上位3地域を選出しました。

 何と、三朝町の「六根清浄と六感治癒の地」は、「これから訪れてみたい」部門で第1位に選出されたのです。地元紙によると、「三徳山の“日本一危ない国宝”というキャッチフレーズもインパクトが大きく、高評価のコメントが寄せられた」ようです。すでに温泉地として知名度の高い三朝町に、新たな追い風が吹き始めたようです。

 三徳山の「国宝 投入堂」への参拝は3回ほど経験しました。しかし、最後に入山したのは二十年近く前のことです。まだ体力的に余裕があり、“日本一危ない国宝”を拝観する不安感はほとんどありませんでした。しかし、現時点の年齢と体力面を冷静に判断すると、今年度中に登らないと、もう二度と登ることができなくなるかもしれません。

 “投入堂”についてはまだブログ発信はしていません。書籍やネットから画像を取り込むことは簡単ですが、したくありません。熟慮の末、入梅前の6月6日、奥さんと二人で梨楽庵を出発し、三徳山へと向かいました。三徳山登山は危険個所が多く、一人での入山は禁止されています。奥さんも今回が“最後”の思いで同行してくれました。

 梨楽庵から三徳山の駐車場までは、車で約25分で到着しました。余談ですが、梨楽庵は鳥取県の中央部に位置しているので、境港市にある「水木しげるロード」を除くと、鳥取県内の観光名所には1時間以内で到着することができます。

 それでは、駐車場を出発します。裏参道を通り、参詣者受付案内所でお札を受け取り、登山参拝事務所で手続きを済ませ、右手に折れると、いざ、入山です。

 石段を下りるやいなや、樹齢800年と言われる杉のご神木のお出迎えです。見たこともない太い幹回り、空に向かって真っ直ぐに伸びる立ち姿は間違いなく、ご神木です。

 スタート地点はすでに深山幽谷の雰囲気が漂っています。朱塗りの橋を渡ると、三徳山の登山でしか味わうことができない“ワンダーランド登山”が始まります。樹齢が数百年はあるかと思われる巨木のブナの樹の、網の目のように地面に現れた根っこをつかみ、足場に気を付けながら登るのです。

 一般的に多くの登山道は、登山開始直後は緩やかな登山道が続いています。しかし、三徳山登山は、開始直後から、ワンダーです。登山道の大部分は岩場です。岩をつかみ、樹の根をつかみ、はいつくばって登っていくのです。

 一番の難所が「文殊堂(国の重要文化財)」左手の“くさり坂”です。巨岩に取り付けられた5mあまりの鎖をたよりに、ほぼ垂直にちかい岩をよじ登るのです。20年ほど前の前回は、不安感はほとんど感じることがなかった記憶がありますが、今回は恐怖感が襲ってきたのです。

 三徳山では過去、何度も登山事故が発生しています。「もしも手を滑らせたら、もしも足を滑らせたら…滑落事故…かも」一瞬、登山中止の言葉が頭をよぎりましたが、後ろに控えている奥さんがやる気満々のような顔つきだったので、意を決して鎖を握りしめました。

 どうにか登り切り、安堵感に包まれながら目を下にやると、奥さんは私よりも余裕が感じられる足運びで登っていました。実は、10年ほど前にスカイツリーの最上階の展望室に上った時、奥さんはスタスタと歩いていたにも関わらず、私は一歩も動くことができなかったのです。このとき、自分が高所恐怖症であることを自覚したのです。

 文殊堂はお堂の周囲を一周し絶景を楽しむことができます。しばらく進むと「地蔵堂(国の重要文化財)」に辿り着きます。地蔵堂もお堂の周囲を回ることができます。奥さんは他の登山客と同様に、笑顔でお堂周りをしていましたが、もちろん私はご遠慮しました。

 地蔵堂を過ぎると、「鐘楼堂(県の文化財)」が現れます。無事に登山を終えることをお祈りし、ゴオオーンと力強く鐘をつきました。この先にも「馬ノ背」「牛ノ背」と呼ばれる危険な岩場があるので、足元に神経を集中しながら前に進みました。

 「観音堂」で胎内くぐりを終えて、登山道を右に折れると“国宝 投入堂”が姿を現しました。投入堂は三徳山三佛寺(さんぶつじ)の奥の院で、平安時代後期の作だと推定され、現存する神社建築では日本最古級とも言われています。

  「投入堂」の由来は、慶雲3年(706年)、役行者(えんのぎょうじゃ)が法力をもって岩窟に投げ入れたと言われ、伝承されています。

 久方ぶりに仰ぎ見る投入堂は、“優美”という言葉が最も相応しいお姿でした。投入堂は、お堂自体に建築美があるのですが、お堂を支える長さの異なる柱の絶妙な配置が、さらなる優美さを演出しているように感じられました。

 投入堂を投げ入れた、いや、建築した設計者は岩窟の形状を綿密に観察し、安全面だけを考慮したのではなく、柱をどこに配置すれば優美さを生み出すことができるのかと、そこまで計算し、熟慮したのではないでしょうか。

 今回で見納めになるかもしれないという思いを胸に秘めながら、投入堂をじっくりと拝観し、下山しました。登山は往復1時間50分ほどで終えることができました。

 日本遺産ソムリエさんたちが「これから訪れてみたい日本遺産」の第1位に推したのは、“国宝 投入堂”については知識としては熟知していながらも、鳥取の地がソムリエさんたちの居住地からは遠方にあるために、他の日本遺産を優先的に訪れていたからではないでしょうか。

 私は確信しています。ソムリエさんたちが日本一危ない国宝を拝観したら、次回の日本遺産アワードでは、「実際に訪れてみて魅力的だと感じた日本遺産」部門でも必ずや第1位を獲得するに違いないことを。

 満足感一杯で帰宅してから、心配事が浮かんできました。昨今、世界遺産や日本遺産などの有名な観光地ではオーバーツーリズムの弊害が叫ばれています。もしも三徳山が日本遺産アワードの両部門で第1位を獲得したならば、観光客が押し寄せ、オーバーツーリズムに巻き込まれることが予想されます。

 今回、登山を体験し、以前と比べて登山道の維持管理が大変困難な状況にあることを痛感しました。将来、もしも想定以上の登山客が訪れたならば、登山道は荒れ果て、入山規制をしなければならない状況がやってくる予感がしました。

 そうなると、投入堂は「日本一危ない国宝」に加えて、「日本一拝観することが難しい国宝」として併称されるのではないでしょうか。私の心配事が杞憂であることを願っています。“国宝 三徳山投入堂”に強い憧れをお持ちの方は、是非ともお早めに鳥取旅行を計画されて、旅程に投入堂の拝観時間を組み込むことをお勧めします。