老舗和菓子店「亀甲や」②
風景

老舗和菓子店“亀甲や“の店内の様子
“亀甲や”のもう一つの看板商品は、銘菓“二十世紀”です。県外の人に「鳥取県と聞いて思い浮かぶイメージは何ですか」と問えば、多くの人が「鳥取砂丘と二十世紀梨」と答えるのではないでしょうか。
鳥取の特産品の二十世紀梨を題材として和菓子にしたのが銘菓“二十世紀”です。包丁で二十世紀梨を輪切りにしたとき表面に現れる形をもとにデザイン化したゼリー状の半生菓子です。菓銘は“二十世紀”ですが、原材料に二十世紀梨は使われていません。

鳥取銘菓“二十世紀”

梨楽庵の梨の木で作ったコースターと合わせました
銘菓“二十世紀”誕生のきっかけは、鳥取県の一大地場産業の“二十世紀梨”の栽培が危機的な状況に陥っていたからでした。今から122年前の明治37年(1904)、千葉県から苗木を取り寄せ、二十世紀梨の栽培を始めたものの、果実や葉っぱに黒い斑点ができる黒斑病という病気が大発生し、表皮が裂け、落葉や落果が大量に発生したのです。
今から104年前の大正11年(1922)、“亀甲や”の2代目店主は、二十世紀梨の生産者を応援するために、菓銘を“二十世紀”として製造販売しました。その後、黒斑病は研究者や梨栽培関係者の並々ならぬ努力によって克服されました。
病害虫から梨を守るため、袋掛けを2回行うなど栽培技術の向上が図られ、品質の改良を行った結果、安定して収穫できるようになりました。酸味と甘みのバランスが絶妙な二十世紀梨は、鳥取県を代表する果樹として発展しました。
一方、亀甲やの“二十世紀”も鳥取県を代表する銘菓として、人々に愛され続けています。果樹としての二十世紀梨の知名度は全国区です。その名前が付けられたお菓子を店頭で見つけたら、県外から来られた観光客の方はお土産品として選びたくなるのではないでしょうか。

銘菓“二十世紀”は乾燥したゼリー状の半生菓子なので、口に含むときはやわらかく、口内でゆっくりと転ばせるようにして上品な食感を味わってください。冷凍すると甘みが増し、ひと違った風味を味わうことができます。
銘菓“二十世紀”は、昭和59年(1984)に開催された第20回全国菓子大博覧会で「名誉総裁賞」を授与されています。“亀甲や”が銘菓“二十世紀”の製造販売を通して、菓子産業の振興に大いに寄与したことが評価されたのです。

当時の銘菓“二十世紀”の売り上げ状況について“亀甲や”へ電話したところ、女将さんが丁寧な電話対応をしてくださいました。二十世紀梨の最盛期は昭和40年代から平成10年頃まででした。二十世紀梨の売り上げが右肩上がりだったと同じく、銘菓“二十世紀”も大いに売り上げを伸ばしたそうです。
“亀甲や”の店主は代々“治郎平(じろへい)”を襲名しています。初代が創業した経営理念や秘伝として受け継がれた製法を守り永続させていくことが使命となっています。鳥取県内で最も古い老舗和菓子店“亀甲や”が益々発展することを願っています。

商品をお買い求めになる際には、鳥取駅前の丸由百貨店(旧鳥取大丸百貨店)や鳥取駅構内のシャミネをはじめ、鳥取県東部地区の道の駅や観光土産物店をご利用ください。もちろん、直接、“亀甲や”へお出かけになるのも旅の思い出になることと思います。
