元祖 かに寿し
風景

「元祖 かに寿し ♪ 元祖 かに寿し ♫ アベ鳥取堂― うまい! ♪」
この曲は、アベ鳥取堂のテレビコマーシャルです。子供の頃、テレビから一日に何度も流れる「元祖 かに寿し」のコマーシャルソングを聞く度に、一度は食べてみたいなあ、と憧れた駅弁でした。
「元祖」(がんそ)の言葉の響きが独特で、元祖の意味もわからないまま、「このかに寿しは絶対に美味しいに違いない」と勝手に確信めいたものを抱いていました。

昭和40年代頃の鳥取市は、小学生の自分にとっては、眩しいばかりの大都会でした。今の若者たちが東京に対して抱くイメージと感覚は似ていると思います。鳥取市は鳥取県の県庁所在地であり、鳥取駅前には鳥取大丸百貨店(現在の丸由百貨店)があり、片田舎の泊村(現在の湯梨浜町)に住んでいる自分にとっては、憧れの大都市だったのです。
“元祖 かに寿し”は駅弁です。鳥取市と泊駅は山陰本線でつながっているのですが、乗客数の少ない田舎の泊駅には当然ながら駅弁は販売していません。高校生になり、倉吉市の高等学校に通うようになってから、倉吉駅の構内のお店で“元祖 かに寿し”を見かけるようになりました。
でも、学校帰りに買って帰る勇気はありませんでした。長い間、“元祖 かに寿し”は、私にとっては高嶺の花だったのです。大人になるまでに何度か食べた記憶はかすかにあるのですが、どこで、どんな状況の時に食べたのか、記憶はおぼろです。
高嶺の花が身近になったのは、20代の後半に鳥取市内の中学校で勤務するようになってからです。鳥取市内のスーパーや鳥取駅で見かけると、時々購入し、自宅に持ち帰り、家族と一緒に食べるようになりました。“元祖 かに寿し”の風味は、「昭和の味」です。昭和の味とは、素朴で懐かしさが感じられる味だと私は考えています。
“元祖 かに寿し”を開発したアベ鳥取堂は、長い歴史のある地元の老舗企業です。ブログに載せるために「元祖 かに寿し」を購入し、食べ終わってから、なにげなくパッケージを裏返してみると、何と店主の思いが書かれていました。
「この度は、元祖かに寿しをお買い上げいただき、厚くお礼申し上げます。山陰の冬の味覚の王者「かに」は、鳥取を代表する特産品です。弊社では、昭和27年に『かに寿し』の販売を開始。昭和33年には独自のノウハウで水揚げのときから新鮮なままで管理する「かにの身」のフレッシュ保存技術を開発、全国に先がけて、通年販売に成功致しました。
以来、70年の長きにわたり、多くの方に愛され続けております。日本一の鳥取大砂丘、神話と伝説の山陰路と共に日本海の荒浪に育った、優美な姿と素晴らしい味の『元祖 かに寿し』。皆様のお口に合えば、私共これほど嬉しいことはございません。今後とも格別のお引き立てを謹んでお願い申し上げます。 店主敬白 」
“元祖 かに寿し”が子どもの私の心を捉えたのは、コマーシャルソングの影響が大ですが、一度見たら忘れられない斬新なデザインのパッケージも心に焼き付けられたのです。真っ青に澄み切った日本海を表す下地の青色に、鮮やかな紅色の「かに」が浮かんでいます。
黒色の「かに寿し」の文字も達筆です。かにの縁取りや文字色に使われた白色も違和感がなく、4つの色がバランス良く配色されています。昭和の時代に鳥取の駅弁の代表格として“元祖 かに寿し”が全国に知られるようになったのは、アベ鳥取堂のデザイン力が威力を発揮したからにちがいありません。

ブログを書いているうちに、“元祖 かに寿し”の歴史を深掘りしてみたくなりました。数年前、地元紙に掲載されていた“元祖 かに寿し”の記事をファイルに綴じていた記憶があったので探してみました。
驚きました。記事には「かに寿しの人気は瞬く間に広がり、全国各地の物産展や駅弁大会に出ては上位を獲得した。」と書かれているのです。「ええ!本当なの?」ネットで調べて見ると、さらに驚く事実がわかったのです。
東京の「京王百貨店新宿店」では、「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」が毎年1月に開催されていて、「日本一の駅弁大会」とか「駅弁の甲子園」と呼ばれているそうです。第1回駅弁大会は昭和46年(1966)に開催され、全国から集まった24種類の駅弁が販売され、9日間で約16万個が売れたそうです。
何と売り上げランキング第1位は「元祖 かに寿し」だったのです。その後も第8回大会までは、2位が1回、3位が5回の結果を残し、アベ鳥取堂の「元祖 かに寿し」は、一躍全国的な人気を博する駅弁となったのです。
アベ鳥取堂は、“元祖 かに寿し”以外にも多くの駅弁を世に送り出しています。令和5年6月には、日本フードアナリスト協会が主催するジャパン・フード・セレクションで、「山陰鳥取 かにめし」が見事にグランプリを受賞したのです。

地元紙の記事で栄冠を獲得したのを知ったのですが、後日、鳥取駅構内のアベ鳥取堂の販売店へ出向き、購入しました。かにめし自体の味覚は人それぞれだと思いますが、今度もデザイン力に驚かされました。
パッケージには墨書で生き生きとしたかにの画が描かれています。鳥取県は書道が盛んです。おそらくは有名な地元の書道家の作品なのかもしれません。パッケージを開けると、かにの形をした紅色の容器にかにめしは入っているのです。

かにの形をした紅色の容器

「やられた!」と思いました。誰もが思いつくようで、これまで誰も考えなかった入れ物を発案したのです。さすが、「♫ アベ鳥取堂―うまい! ♪」
私が「かにめし」を購入し帰ろうとしたとき、4,5名の女子大生が販売店の前で立ち止まりました。女子大生の一人が「かにめし」に目がとまり、しばらくすると仲間の方を振り返り、一言感嘆の声を上げました。「これいいよね!食べた後は弁当箱に使えるよね!!」全く同感です。
「鬼太郎丼」(きたろうどん)についても紹介したいのですが、長文になりましたので、そろそろ筆を置きます。「鬼太郎丼」も遊び心のあるおもしろい工夫がなされています。是非ともお楽しみください。
創業 明治四十三年 アベ鳥取堂は、115年の歴史があります。鳥取県を代表する老舗の地元企業として、今後も益々躍進していかれると確信しています。

鬼太郎丼にも遊び心が込められています
〈 追記 〉
「元祖 かに寿し」と「山陰鳥取 かにめし」の容器の裏面には、「とっとり観光案内」の絵入りの地図が載っています。非常に驚きました。店主の鳥取愛が満ちあふれています。全国の駅弁の中で、地元の観光案内図が描かれた駅弁って他にもあるのでしょうか。

“元祖 かに寿し”の容器の裏面

“山陰鳥取 かにめし”の容器の裏面
アベ鳥取堂は企業名の中に、「鳥取」の文字を入れています。駅弁を通して鳥取を全国にアピールしたいという強烈な経営理念が感じられます。アベ鳥取堂は、間違いなく、鳥取県民が胸を張って誇れる郷土の最優良な企業の一つなのです。

なお、10月8日と10日のブログで紹介した「砂丘そば」は、アベ鳥取堂が経営されています。

