農家民宿 梨楽庵ブログ

生姜せんべい①

風景

  「煎餅」と聞けば、日本人にとっては郷土のお菓子の代表格です。そして、煎餅と聞くと、なぜか昭和のイメージと重なってきます。日本人にとって煎餅は故郷のお菓子であり、日本全国には、その地域の人々に愛され、親しまれた煎餅文化が根強く残っています。

 鳥取県の県庁所在地、鳥取市には、“生姜せんべい”と呼ばれる煎餅があります。昨年2月に、日本海テレビの「新ふるさと百景」で放送されていました。“生姜せんべい”は、形は波形で、生姜蜜が白色で塗られています。起源は江戸時代の後期まで遡ることができます。

 最盛期は、鳥取市内の各地で製造されていました。現在は、僅か4軒になってしまいましたが、それぞれのお店が、伝統を守りながら、手作業で丁寧にせんべいづくりに励んでおられます。

 鳥取市内にある4軒の“生姜せんべい”のお店は、「城北たまだ屋」「秋田玉栄堂」「いずみ屋」「宝月堂」です。生姜せんべいづくりの主な作業工程は、「焼き」「曲げ」「塗り」の3工程です。

 焼きは、生地を流し込み、鉄板で焼く作業です。曲げは、波の形をつくる作業です。塗りは、砂糖と生姜の絞り汁でつくった生姜蜜を刷毛で一枚一枚塗る作業です。基本的な作業工程は3つですが、4軒のお店ごとに、こだわりの個性と特徴があります。

 鳥取市松波町には「城北たまだ屋」のお店があります。創業以来、50年以上の伝統があり、現在は、夫婦二世代で受け継いでおられます。

    「城北たまだ屋」さんのお店

 城北たまだ屋の生姜せんべいの生地種は、砂糖・小麦粉・卵・牛乳・生姜液です。卵の量は少なめにされています。江戸時代からの質素倹約の教えが受け継がれ、砂糖や卵は少なめにして、庶民が購入しやすい生地にされています。一日およそ5000枚を半日で焼き上げています。

 焼き上がると、柔らかいうちに折り曲げて波形を作ります。一枚一枚、手で曲げるのがたまだ屋さんの「こだわり」です。店主のお父さんは、「一枚一枚です。曲げ方は、指の使い方です。波にはバランスがあるわけではなく、いろいろです。

 左右対称で、深くもなく浅くもなく曲げて、美しい形をめざしています。せんべい一つをとっても、品格を表すにはどうしたらよいかを研究して、趣がある感じに受け取ってもらえたらいいです。日本海の荒波をイメージして曲げています」と、話されていました。

   「城北たまだ屋」さんの生姜せんべい

 生姜せんべいの仕上げは、生姜蜜を刷毛で塗る作業です。生姜蜜はそれぞれのお店独自の製法があります。城北たまだ屋さんでは、鳥取市鹿野町産の生姜の絞り汁で砂糖を煮詰めてつくられています。

 店主の奥様は、「生姜せんべいの一番のメインは辛さです。刷毛の冷めないうちに、そして、生姜蜜がさめないうちに、刷毛が自由に、どちらを向いてもハケられるようにと、最初に姑さんから教わりました」と、話されていました。

 乾燥させると、生姜蜜は白く浮かび上がります。城北たまだ屋で受け継がれたせんべいの情景は、日本海の荒波です。刷毛塗りされた生姜蜜は、白波を表現しています。

 鳥取市吉方町にある創業1926年の「秋田玉栄堂」も生姜せんべいを製造しています。生姜せんべいを作り始めた時期がいつなのか、記録は残っていないそうです。週に一度、約2000枚を焼き上げています。

     「秋田玉栄堂」さんのお店

 波形を作る「曲げ」は機械で行っています。波の情景は、日本海の荒波と砂丘の風紋をイメージしています。刷毛塗りは、やはり一枚一枚が手作業です。菓名は「波生姜煎餅」です。

    「秋田玉栄堂」さんの生姜せんべい

 鳥取市行徳(ぎょうとく)には「いずみ屋製菓」があります。1948年創業で、現在は、三代目のご夫婦が受け継いでおられます。三代目の山根さんの奥さんの名前は「いずみ」、いずみさんの祖父が戦後に仲間と菓子工場を開いたのが始まりです。

       「いずみ屋」さんのお店

 波形は、木型に並べて上から押さえて波型を作ります。いずみ屋は、菓子の情景を鳥取砂丘の起伏をイメージして作られています。生姜蜜は創業当時から鳥取市気高町産の「日光生姜」を原料にしています。

 いずみ屋も、やはり、一枚一枚丁寧に刷毛塗りをされています。生姜蜜を塗った後は、蒸籠(せいろ)で蒸して乾燥させて完成です。このやり方は受け継がれてきた伝統的な製造方法です。砂丘の風紋にうっすらと雪が積もったようなイメージで製造されています。

   「いずみ屋」さんの生姜せんべい

 いずみさんは、「ほのかに甘く、シャリッと薄くて、おいしいと思います。鳥取で育った人は懐かしく思われると思うので、少しずつでも絶やさないように残していきたい」と、話しておられました。「お客様が喜んでくださる顔を見るのが一番の活力ですね」と、ご主人は話しておられました。

(次号に続きます)