農家民宿 梨楽庵ブログ

生姜せんべい②

風景

 鳥取市二階町には宝月堂さんがお店を構えています。1902年創業で、123年の歴史がある老舗和菓子店です。「蜂蜜まんじゅう」が看板商品です。五代目の佐々木さんは和菓子の他に唯一生姜せんべいを作られています。佐々木さんは、宝月堂の生姜せんべい誕生秘話を次のように話されました。

   「もともと宝月堂は、和菓子屋で、お茶席に使うような和菓子を作っていました。ところが、吉田璋也(しょうや)さんが、ロータリークラブの鳥取支部を結成され、初代会長になられました。そうなると、全国からお客様が鳥取に来られます。璋也さんはお土産用として持たせたいと考えられました。

 当時の駄菓子屋では、包装もなく、裸で一枚ずつ買うようなお菓子だったそうです。それを個包装にして贈答用の箱に入れたら立派なお土産になると考えられたようです。その時白羽の矢がたったのが、それまで出入りしていた私のお店だったのです」

      個包装された宝月堂の生姜せんべい

 生姜せんべいの情景は、「鳥取砂丘にうっすらと雪が積もったようだ」と称した吉田璋也は、鳥取市で古くから駄菓子として作られていた生姜せんべいを個包装にして、文様を施した専用の箱に収め、駄菓子を民藝の煎餅としてリニューアルし、贈答品に発展させたのです。(注1)

   贈答用の宝月堂の生姜せんべい(正面)

 鳥取藩主池田家の家紋が取り入れられたデザイン

 宝月堂で生姜せんべいを作り始めたのは、佐々木さんの祖父の時からでした。佐々木さんは祖父から直接手ほどきを受け、生姜せんべいの作り方を学んだのです。煎餅の波形には店それぞれの個性が感じられます。

 佐々木さんは、「鉄板についている柄の部分に生地をのせて曲げていきます。5秒たったら割れてくるので、一瞬で曲げないといけません。焼き色が違ったり、反りが違ったりというのも民藝のおもしろさだと思って、お客様にはご容赦願っています」と、笑顔で話されていました。

 生姜せんべいの材料の一つとなっている「生姜」は、鳥取市気高町鹿野で生産されています。鹿野での生姜の栽培は400年以上の歴史があります。戦国時代にこの地を治めていた鹿野城主、亀井茲矩(これのり)が朱印船貿易で東南アジアから生姜を移入し、栽培を奨励したことが起源となっています。

 瑞穂生姜協議会代表の村上さんは、生姜作りの独特な製法について説明するために、取材陣を山に掘られた洞穴に案内し、次のように説明されました。

 「秋に掘った生姜に土をかけてこの穴で保存しています。ここは湿度と温度が年中一定の天然の貯蔵庫です。生姜は寒さに弱くて、湿度がないと乾いてシワシワになってしまいます。穴で保存することで旨みが出ます。辛味も残ったままです」

 山に横穴を掘って作られた貯蔵庫は「生姜穴」と呼ばれています。収穫した生姜をさらさらな土の中で熟成させることで生姜のおいしさが引き出されます。生姜せんべいに使われる生姜は、国内有数の産地である高知県や鳥取県東部で生産されたものなど、お店によって様々です。宝月堂ではおよそ16年前から鳥取市気高町産の「瑞穂生姜」を使用しています。

 鳥取の郷土菓子、生姜せんべいの歴史は100年以上あり、庶民の味として長い間親しまれてきました。今は、4軒がそれぞれのやり方で受け継がれています。卵と砂糖が少ない生地を使い、波型を形作り、自家製の生姜蜜を一枚一枚刷毛塗りするという同じ工程でも、お店によってやり方は異なっています。

 しかし、どのお店も、一枚一枚手間暇かけて、心を込めて生姜せんべいを作られています。波形で白く塗られた生姜蜜の素朴な風情が生姜せんべいの最大の特徴です。

 せんべいを手に取り、思い浮かぶ情景は、「日本海の荒波」「日本海の荒波と砂丘の風紋」「鳥取砂丘の起伏」「砂丘の風紋にうっすらと積もった雪」と、微妙な違いはあるものの、4軒のお店は、鳥取の風土を愛する気持ちをお菓子に表現し、昔ながらの製法とお店の味を個性豊かに受け継いでいるのです。

 生姜せんべいは、鳥取県東部地区では有名な駄菓子ですが、初めて鳥取県を訪れたお客様がお土産品として購入することは少ないかもしれません。しかし、鳥取県のリピーターになられた方は、次回のお土産品にされてはいかがでしょうか。やみつきになる味かもしれませんよ。

 鳥取県内の伝統的なお菓子は、なぜか昭和の風情が感じられます。生姜せんべいも、一口食べると、パリッと歯ごたえのある食感と、生姜蜜の甘さと辛さが舌先に広がる感覚が、もう、たまらないのです。是非、一度、いや何度でもお買い求めください。

鳥取の旅の思い出に、それぞれの風味をお楽しみください。

〈 追記 〉

 朱印船貿易という懐かしい?歴史用語がでてきています。簡単に説明します。江戸時代の初期のころ、つまり、徳川家康が将軍だったとき、朱印状(朱印が押印された公文書のこと)を受け取り、海外との貿易を許可された船(=朱印船)によって、東南アジア諸国との貿易がさかんに行われました。その当時の貿易を朱印船貿易と呼んでいます。

 生姜せんべいは、ブログで紹介したお店に行かれたら、もちろん購入できます。鳥取市内のスーパーでも販売していますが、品ぞろえは少ないです。鳥取駅の目の前にある、丸由百貨店(旧大丸百貨店)のデパ地下が入手しやすいと思います。

 今回のブログは日本海テレビで放送された「新ふるさと百景」を参考にして作成しています。

(注1)吉田璋也…鳥取市出身の医師です。民藝運動の父と呼ばれる柳宗悦(やなぎむねよし)に教えを受け、鳥取県の民藝運動のリーダーとして活躍されました。