横綱 琴桜記念館②
梨楽庵

「第五十三代横綱 琴桜記念館」は、古民家を活用した二階建ての建物でした。中に入ると、所狭しと、琴桜に関係する記念品が並べられ、壁面にも額縁入りの写真や懐かしい当時の写真がびっしりと掲示されていました。琴桜が化粧まわしの上に綱をキリリと腰に締めた記念写真は、堂々としていて、輝いているように見えました。

狭くて急な階段を上って二階に上がると、ここにも多くの記念品や写真が展示されていました。左手の部屋にはTVが置かれ、琴桜の名勝負や横綱昇進の様子などが自動で繰り返し再生視聴できるようになっていました。入室した時は、ちょうど白熱した名勝負が次々に映し出されていました。

懐かしさ一杯の気持ちで見ていると、あの伝説の名勝負が始まったのです。西方の大関琴桜の対戦相手は、東方で腰を構えた横綱北の富士。行司の軍配が返り、「待ったなし」の掛け声とともに、両者は激しくぶつかり合いました。互角の立ち合いと思いきや、琴桜の怒涛のごとくの押しによって、横綱北の富士はただただ、ズルズルと一方的に後退するばかり。
“右おっつけ、左のど輪”、琴桜が最も得意とする形に完璧にはまってしまったのです。体に柔らかさのある北の富士は、強烈なのど輪を防ごうとして体を弓なりに反らしますが、そのまま土俵にたたきつけられたのです。
大関琴桜が通算3回目の優勝を決めたこの一番は、大相撲の歴史の中でも名勝負、名場面の一つに数えられています。誰もまねのできない、強烈な“右おっつけ、左のど輪”は琴桜の代名詞となったのです。

今では伝説となった琴桜の「右おっつけ 左のど輪」
琴桜は翌場所も14勝1敗で優勝し、大関の地位で連続優勝を果たしたので、第五十三代横綱に昇進しました。横綱となり1回優勝しましたが、古傷の左ひざ痛に苦しみ、横綱在位期間はわずか8場所でした。
しかし、横綱在位期間は短かったものの、立ち合いから一気に土俵際まで相手を押し込む“猛牛”琴桜の雄姿は、大相撲ファンの心と、鳥取県民の心を鷲づかみにしたのです。
琴桜記念館は親切なことに入館無料でした。記念に何か買おうと見まわすと、琴の若の文字が書かれた品物が数枚重ねてありました。管理人のおじさんに「これって、本場所でファンが掲げているあの応援グッズのタオルですか」と尋ねると、「そうですよ。もう残りはそれだけです。なくなりますよ」「あ!そうですよね。次の場所までに『琴桜』を襲名しますからね」早速、一枚記念に購入しました。

先週の日曜日から五月場所が始まっています。2年前、50年ぶりに復活した“琴桜”のしこ名を襲名した、元横綱琴桜の孫にあたる“大関琴桜”は一躍注目の的となりました。
しかし、この2年間、一度は優勝したものの、期待に反して足踏み状態が続いています。二桁の10勝以上を求められる大関の地位と違って、横綱は毎場所優勝戦線に絡むことが求められています。5敗の負けが許される大関とは比べることができない立場なのです。
2年の間に、横綱大関の上位陣と対戦する三役から前頭4枚目あたりには、次の時代を担う力士たちがひしめき、十両や幕下からも有望な若手力士たちが次々と生まれています。今、角界は戦国時代の下剋上の状況です。
この激戦を勝ち抜き、祖父の四股名に相応しい堂々たる相撲が数多く取れることを、2代目琴桜に期待し続けようと思います。今日から後半戦が始まります。「足を運んで前に出る!」相撲を取って、巻き返す時がやってきました。
