農家民宿 梨楽庵ブログ

久松山ってどんな山?③

風景

   鳥取駅前の若桜街道から見た久松山

 久松山ってどんな山?②のブログでは、久松山の山頂の天守台からの眺望に魅了されながらも、戦国時代に久松山を舞台に繰り広げられた、織田方の羽柴秀吉軍と毛利方の吉川経家軍との一大決戦に触れながら登頂記をお伝えしました。

 今回、第三弾は久松山の山頂からの絶景感を再度お伝えしようと思ったからです。気象条件がそろえば、鳥取砂丘から伯耆富士“大山(だいせん)”を遠望することができます。ということは、久松山の天守台からも大山を見ることはできるはずです。次回こそは、是非とも大山を眺めてみたい!との願望を叶えたかったからです。

 前回、3月21日は鳥取城跡の東隣にある長田神社の谷筋に沿った東坂(ひがしざか)道を登りましたが、今回、5月9日は二ノ丸跡の稲荷神社の石段からスタートする中坂(なかさか)道を登ることにしました。

 中坂道は前回、下山で通った道です。急峻な岩場が続く登山道でしたが、下山だったので、疲労感は全くありませんでした。しかし、下山中にすれ違った登山者の方は誰もがつらそうな感じでした。体力的にきついかもしれませんが、中坂道に初挑戦することにしました。

    稲荷神社が中坂道の登山道の入り口です

 入口付近の大きな岩盤の上を歩くと、すぐさま急峻な登山道が続いています。登山道は人の手により整備されていますが、基本的には久松山の山体を形成している岩石類を活用しています。

      2合目付近の登山道

 久松山の大部分は花崗岩で形成され、火山岩類の玄武岩や安山岩で成り立っています。登山道はこれらの岩石が露出した部分をつなげて作られています。山頂に天守閣が作られたのが戦国時代ですから、当然、その当時に造られ始めた登山道です。

 私見ですが、現在まで中坂道が残ったのは、盤石な岩盤を活用したことと、久松山が冬でも落葉しない広葉樹の森に覆われていたため、登山道が暴風雪から守られ、崩落しにくかったからではないでしょうか。

 急峻な山道が続くので、ゆっくりと足を運んだのですが、中間地点の5合目付近では、さすがに息切れがしてしまいました。安全第一なので、水分補給をしてしばらく休憩してから再出発しました。5合目以降も登山道は急な岩場の坂道が続きます。息切れしないようにゆっくりと慎重に足を運びました。

      6合目付近の登山道

 久松山は急峻な山道が続くので体力的に負荷がかかるのですが、有難いことが一つあります。常緑広葉樹の森が直射日光を遮ってくれるのです。入山直後から辺り一面、鬱蒼とした森が続いています。

 樹木名には不案内ですが、案内表示にはスダジイ、モチノキなどと記載されていました。いずれも幹回りが大きく、高木の巨木なので圧倒されます。森は9合目付近まで続きます。そして、9合目を過ぎると突如として森は途切れ、最後には樹齢数百年と思われるタブノキの巨木が出迎えてくれました。

 タブノキのすぐ先には、戦国時代の山城の城壁が見えてきます。二度目の登山ですが、400年以上前に築かれた石垣を目の前にすると、歴史の重みが迫ってくるように感じます。単なる大きな石が積み上げられているだけなのですが、城壁には、なぜか不思議な魅力が感じられます。

 石段を上がると、山頂の本丸跡です。50mほど前方には石垣で築かれた天守台が見えます。胸が高鳴り、ワクワク感を抑えることができません。天守台からの眺望は抜群でした。大山をはっきりと目視することができました。大山の7合目から8合目付近より上の部分が姿を現しているように見えました。

前方に見えるのが天守台、山頂部には桜の木が植林されています

 東京タワーのトップデッキ(約250m)とほぼ同じ高さです

  ついに望みをかなえることができました

( 次号へ続きます )