石谷家住宅
梨楽庵

石谷家は外構えの大きな正門のある御屋敷です
“石谷家住宅”と聞いて、鳥取県外の人で、スッと頭の中に建物のイメージが浮かぶ人はどのくらいおられるのでしょうか。今から16年前、平成21年に国指定の重要文化財に指定されたことがきっかけで、私も石谷家住宅の存在を知るようになりました。
極々身近なところにとんでもない宝物がありながら、公にならない限りは、価値あるものでも、その存在さえ知られないままになってしまうのかもしれません。
石谷家住宅は、鳥取県八頭郡智頭町にあります。鳥取市から関西方面へ向かう途中の山間部にあり、古くから杉の産地で林業が盛んな町です。現在は無料の鳥取自動車道が開通しているので、鳥取市内の市街地からでも車で30分ほど走り、智頭ICを下りると5分ほどで到着できます。
しかし、高速道路が開通する前は、一般道を走ると、湯梨浜町の自宅からは1時間半はかかったように記憶しています。距離的に遠かったことと、当時はまだ一般公開されていなかったので、石谷家住宅に無関心だったのだと思います。
石谷家は江戸時代から代々大庄屋を務め、地主経営や山林経営で財を成し、明治以降も商業資本家として地場産業の振興を図り、篤志家として地域経済の発展に尽力されてきました。明治30年代に活躍した石谷伝四郎は衆議院議員に選出され、後には貴族院議員にも選ばれています。

石谷家は参勤交代の際の上級武士の宿泊所でした
因幡国(鳥取県)と美作国(岡山県)を結ぶ「因美線」の鉄道建設にあたっては、私財を投じて財政面の支援も行っています。石谷家は江戸時代から明治・大正・昭和にかけて、特に鳥取県東部地域の発展に大いに貢献してきているのです。
一般公開されるようになってから何度か足を運んでいますが、昨年、ブログの取材のため久しぶりに見学しました。5月の大型連休直前の平日だったので、観光客は私以外には老夫婦と男性の一人客がいるだけでした。ほぼ貸し切り状態だったので、じっくりと隅々まで観察することができ、またとない幸運に恵まれました。
石谷家住宅の大門の前に佇むと、全体像はとらえ切れないものの、どっしりとした家構えからは、横綱級の存在感が感じられます。主屋の入り口で受付を済ませて中に入ると、大広間のような土間があります。その土間の天井は、おそらくは石谷家以外では見ることができない広大な吹き抜け空間となっています。

吹き抜け空間は松の巨木が縦横に組み合わされてできています。文字で書くと“巨木の梁”としか表現できませんが、これほどの巨木の松で梁組をしようと考えた棟梁の技量と豪胆さに感服します。
この空間に身を置けば、人間の底知れぬ偉大さが伝わってきます。きっと棟梁は、天井の奥から見学者を見下ろしながら、叫んでいるにちがいありません。「どうだ!お前たち、こんな空間、見たことねえだろう。参ったか!ワッハッハー」
貸し切り状態で見学できたので、他の観光客に被写体を遮られる心配もなく、納得いくだけ写真に収めることができました。順路を追って詳細に紹介することもできるのですが、そうすれば、初めて訪れる観光客の楽しみを奪ってしまうことになります。
今の時代はホームページで簡単に調べることができますが、予備知識が少ない方が初めて訪れた時の感動がより深いように私は考えています。なので、写真掲載は最少限にとどめています。
30年ほど前に北海道へ出かけた時、小樽市内にある“にしん御殿”を見学しました。ニシン漁で莫大な財を成した網元が「お金に糸目をつけずに贅を尽くした豪邸」という触れ込みにつられ、全くの予備知識なしで訪ねたのです。
記憶は薄れたものの、にしん御殿の見事さに度肝を抜かれた印象は今も脳裏に残っています。にしん御殿に驚き、「世の中にこれ以上の建物は絶対にないぞ!」とその時以来、ずっと思い込んでいました。
ところが、石谷家住宅を初めて見学した時、土間の梁組の吹き抜け空間に圧倒され、一間廊下を通って趣向を凝らした書院座敷を次々と見学し、滝のある池泉式庭園を眺めているうちに、考え方が一変しました。

驚くことに、畳の一間廊下が続いているのです

江戸時代に建てられた最も格式のある江戸屋敷です

滝のある池泉式庭園で、奥行きのある広大な庭園です
今流の言葉を使うと、「これってやばくない!にしん御殿以上のものはないと思っていたけど、あるじゃん鳥取に。人口が最少の鳥取県になぜこれほどのものがあるの?」石谷家住宅の存在を知らなかった無知さを恥じるよりも、心の奥底から故郷に対する何とも言えない誇らしい気持ちが湧き上がってきたのです。
昨年ブログを作成するにあたり、数年前に購入した『ニッポン巡礼』(アレックス・カー著)に石谷家のことが掲載されていたことを思い出したのです。表紙のカバーに書かれた紹介文には、次のようなことが書かれていました。
「白洲正子の文筆に動かされた著者が、知る人ぞ知る『かくれ里』=隠された本物の場所を巡る。(中略)人が密集する著名な観光地ではない、SNSで話題を呼ぶスポットでもない。そんな場所こそ、日本の魅力が隠されている。滞日五十年を超える著者が、自らの足で回った全国津々浦々の『かくれ里』から厳選した十か所を、こっそりと紹介する。」
厳選十か所ってどこだろう。目次をめくってみると、何と、「石谷家は“住居版の東大寺”のタイトルで掲載されていたのです。一部を転載します。「日本ではどの地方にも立派なお屋敷が残っており、そこに使われている木材や家具、部材に施された細工などが、日本の木造建築を学ぶための良い教材になります。
私はそのようなお屋敷を百軒以上見てきましたが、その中でも「石谷家」は別格で、唯一無二といってよいものでした。家の太い梁や桁(けた)が実に見事で、主屋の巨大な土間空間に足を踏み入れた時は、思わず息をのみました。(中略)
お寺や神社など、大規模な木造建築は他にもありますが、住居としてここまで大きなものを、私は知りません。(中略)この家の土間を見るためだけでも、智頭町に行く価値がありますが、さらに石谷家の邸内を進めば、欄間の細工や春慶塗(しゅんけいぬり)の違い棚、火灯窓(かとうまど)など、どこを見てもすぐれた職人技が光り、興趣は尽きません。」
絶賛という言葉がありますが、石谷家住宅に対してこれほどの誉め言葉は、究極の賛辞ではないでしょうか。石谷家住宅が国指定の重要文化財に指定されるまでは、鳥取県民でありながら、私はその存在も価値も全く知りませんでした。

7つの蔵があり、3つの蔵が展示公開されています
ブログを作成するために石谷家住宅を訪問し、あれやこれやと思考を巡らせているうちに、改めて石谷家住宅の素晴らしさを感じるとともに、鳥取県の偉大な先人に対する感謝の念が湧いてきたのです。皆様も是非一度、石谷家住宅を訪れてみてください。
〈 追記 〉
国産の松は粘りがあり、強度や耐久性が優れているので、お城や社寺の建築材として使用されてきました。石谷家住宅は智頭町にあります。梨楽庵からは、車で約1時間で行くことができます。

